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    「アトピー手記」 匿名希望 29歳

    2009年6月29日

     私は平成19年3月に背中にプツプツと湿疹ができて痒くなりました。1月に子供を出産したので体質が変わったのか育児などのストレスが出たのでしょうか。

     しばらくは薬を使わず我慢していたのですが、背中全体に湿疹が広がったので自宅近くの皮膚科を受診しました。その皮膚科では「乾燥性の湿疹」と言われました。授乳中でしたので飲み薬はなく保湿剤とステロイドの塗り薬をもらいました。ステロイドを塗るのは正直抵抗があったのですが痒みに負けて塗ってしまいました。症状はステロイドを塗るとましになり、塗るのを止めるとまだ出てくるというのが1ヶ月ほど続きました。

     この頃に自宅から少し離れた所にアトピー治療で有名な皮膚科があると聞いてその皮膚科に行ってみました。そのの皮膚科でも前の皮膚科と種類は違いましたが、やはり保湿剤とステロイドの塗り薬を出され「ステロイドは湿疹のひどいところに少量塗るだけで全身に塗るわけではないから怖がらなくて大丈夫」と説明されました。何度かこの皮膚科に通い、薬の種類を変えながら過ごしましたがあまり改善がなく、手の指にも水泡のような湿疹ができて痒くて掻いて潰してしまうこともありました。その皮膚科の先生には「この治療で良くならないなら他の病院へ」と言われてしまい行くのを止めました。

     ステロイドを使うのは抵抗があるし他の皮膚科へ行っても同じことの繰り返しになると思ったので、母と相談し地元にある松本医院を受診することにしました。母も私もずいぶん昔ですがお世話になったことがあり松本医院がステロイドを使わないことを知っていました。今思えば最初から松本医院を受診していれば良かったです。

     受診したのは平成19年6月でした。松本先生や血液検査をしてくれる先生に
    「ステロイドを使わずにすぐにここに来れば良かったのに」と言われました。痒いのが辛いから掻かないようにステロイドを塗って抑えていたのですが、ここでは「痒ければ掻けばいい」と言われ、この言葉は私にとってとても気が楽になる言葉でした。

     治療は煎じ薬と赤い軟膏、傷ができた時に塗るエルタシン軟膏、それに薬湯の入浴剤でした。煎じ薬は授乳中でも大丈夫と言われたので安心して服用しました。最初はまずくてなかなか飲めませんでしたが慣れてしまえば問題ありませんでした。薬湯風呂には2日に1回のペースで入るように言われました。入浴の前にはイソジン消毒液で全身を消毒しました。この消毒液が傷にしみて数分待つのが苦痛でした。でも薬湯風呂につかっている時は気持ち良くて心の休まる時でした。

     ステロイドを塗っていたためいつかはそのリバウンドが出てくると説明を受けていましたが1ヶ月ほど経ってもリバウンドが出てくることはありませんでした。このままリバウンドなく治るのでは…と思ったこともありました。でも痒みは常にあり、手の指の湿疹だけがひどく家事をするのが億劫でした。そのため子供を連れて実家に戻って療養することにしました。

     症状に変化が現れたのは8月の半ば、お盆を過ぎた頃でした。太ももが赤く斑になり熱をもつようになりました。湿疹というより蕁麻疹が広がったような感じでした。これが腕やお腹にも広がっていき、痒みもひどくなりました。顔も赤く腫れたし、微熱で体がだるい日もありました。漢方薬を飲み始めて2ヶ月経ちようやくリバウンドが出てきたのです。

     この頃から本当に痒みがひどくなり、気分が落ち込む日々が始まりました。痒みで夜も眠れませんでした。子供の世話をしなければならないのに散歩にすら出ませんでした。実家にいることに甘え、母に任せっきりにして1日中クーラーをきかせた部屋に閉じこもっていました。体が痒くて掻いたら黒い皮膚がむけて爪が黒くなったり、朝起きたら布団のシーツが体から落ちた細かい皮膚でいっぱいだったり、薬湯風呂につかっていると細かい皮膚が浮いたり、自分で見ても気持ち悪かったです。左足首が腫れて抗生物質を服用したこともありました。

     一番症状がひどかった時は耳の皮膚がめくれ黄色い汁が出てくるようになりました。もちろん痒みもありました。触ったり掻いたりすると余計に汁が出て耳がジュクジュクになりました。この汁のせいで耳が聞こえなくなるのでは…などと不安になったりしました。赤い軟膏やエルタシン軟膏を塗っても汁が出てくるのですぐに薬がとれてしまい効果がなく、汁が垂れないように両耳にカーゼを当ててテープで止めていました。ガーゼをとる時は汁が固まって止まっていることもありましたが、それがガーゼにくっついてとりにくく無理にはがすとまた黄色い汁がでてくるという繰り返しでした。けれどこの症状、受診時に松本先生に診ていただくとヘルペスだということがわかりました。血液検査でも確かにヘルペスウィルスの抗体の数値が上がっていました。リバウンドの真っただ中で抵抗力が弱まっていたのかもしれません。授乳中だったので飲み薬は服用できませんでしたが、抗ウィルス薬の軟膏を塗ることで劇的に症状が改善したのをよく覚えています。それまでは汁が出るばかりで新しい皮膚が再生されることがなかったのに、抗ウィルス薬の軟膏を塗り始めると徐々に汁の出る量が減り耳が乾燥した状態が増え新しい皮膚が覆うようになったのです。耳の症状が改善されると体の痒みはまだあるものの、私の気分はだいぶ明るくなりました。

     耳が治り、手の指の湿疹もずいぶん良くなり、赤く斑になっていた体が落ち着いて来たのは11月を過ぎていたと思います。ポロポロ落ちていた皮膚片もだいぶ少なくなり、痒みのピークも超えた感じがありました。出産後ずっとなかった生理もこの頃にまた始まりました。6月から始めた煎じ薬、体全体にひたすら塗り続けた赤い軟膏、1日おきの薬湯風呂…これらを途中で止めず続けて良かったと思えました。この後もこれらを続け、体の湿疹や赤い斑はほとんどなくなりました。皮膚の色が以前より黒かったり背中にまだザラザラした感じが残っていましたが、平成20年1月には実家から自宅に帰ることができました。

     自宅に帰ってからも煎じ薬と赤い軟膏は欠かしませんでした。すでの日常のことでしたので家事などに追われても面倒ではありませんでした。ただ、薬湯風呂は先生の許可を得て回数を減らすことができました。億劫だった家事は手の指の湿疹が治って億劫だと思うこともなくなりました。半年前の自分とは全く違う明るい自分になったと思います。

     平成20年秋頃だったと思います。ずっと続けてき煎じ薬が飲めなくなってしまいました。口に入れてもどうしても飲み込むことができず吐いてしまうようになったのです。作り方を変えたわけでもなく、自分でもどうして飲めないのかわかりませんでした。とにかく松本先生に相談しようと思い受診しました。松本先生は怒ることもなく、無理に続けさせようともせず、煎じ薬を粉薬に変更してくださいました。その時「粉薬より煎じ薬の方が効きが良いから、粉薬に変えることで治りが遅くなるよ」と説明してくださいましたが、私は飲めない煎じ薬より粉薬の方が良いと思いそれからずっと粉薬を服用しています。

     平成20年11月から平成21年2月頃の冬の時期ですが、毎年悩まされていた手のあかぎれがほとんどなく、体の乾燥も例年よりずいぶんましでした。体質が変わったのかも…と思いました。そして家族や症状のひどかった頃を知る知人には「本当に綺麗に良くなった」と言われるようになりました。

     今は平成21年6月ですが、赤い軟膏を塗る範囲がとても狭くなり背中の一部になっています。粉薬はお守りのように服用を続けています。血液検査のIgEの数値はピーク時よりずいぶん下がってきました。松本先生に「もう大丈夫」と言っていただける日を目指してお薬を続けていこうと思っています。

     私は治療を始めて2年でここまで症状が良くなりました。ここまでこられたのは松本先生のおかげであることともちろんですが、両親をはじめとする家族の支えがあったからです。もしかしたら今後また症状が悪化することがあるかもしれませんが、とりあえず今は完治へ向かっていると信じています。それまで松本先生や医院の皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

     受診のため松本医院に来て待合室で待っていると、私が経験したのと同じような症状に見受けられる方がいらっしゃることがあります。そのような方に「私も同じような時期がありましたけど今がここまで良くなりました。完治までの期間は人それぞれ違うとは思いますが必ず治りますよ」と声をかけたくなります。実際に声をかける勇気はありませんが、この手記を読んでいただくことで少しでも希望を持っていただけたら幸いでです。

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