「家族のアレルギーが全て良くなった」 浅井 知子 35歳

 ステロイドを塗り続けることに限界を感じていた。でもなれない育児と仕事に追われ直ぐ効く直ぐ手にはいる魔力に甘んじていた。そんな日々でもアトピー性皮膚炎のいろんな情報が耳に入ってきて「漢方が良いのでは?」と思っていた。(現代の情報社会においては情報が嘘であれば罰せられるという法律が絶対に必要です。罰せられずに金儲けのためだけに間違った情報が流されていることは極めて残念なことです。)そして、平成64月末の土曜日に電話帳で漢方医を探していて、漢方でアトピー性皮膚炎の治療をしている松本医院の名前を見つけた。(これは患者さんの勘違いです。電話帳には漢方医のような医院の特色を書くことはできないからです。誰かに教えてもらったのでしょう。このように医院の特色が宣伝できるような規制のない社会が来ることを心待ちにしています。勿論、その宣伝が嘘であれば罰せられるべきです。)場所は、当時住んでいた高槻で、しかも毎日通勤のために使っているJR高槻駅のすぐそばであった。早速飛んでいったが、それが命の恩人松本先生との出会いであった。(命の恩人とは過大な評価です。医者が病気を治すのは当然の使命であり、病気を作る医者は罰せられるべきです。)

 リバウンドのことは頭では知っていた。松本先生にも言われた。先生は、「リバウンドの期間は、その人がどれくらいの期間ステロイドを使用していたかによる。」と言われた。30年以上ステロイドを塗ってきたこの体は、漢方の煎じ薬を飲み始めるとすぐ反応した。もともとステロイドで黒ずんでいた皮膚が、(ステロイドによる色素沈着です。)まるで酷い火傷のようにズルズルになり、顔は"お岩さん"、身体は"稲葉の白兎"状態であった。(ステロイドを止めると化学火傷の状態になりますが、完治すれば跡形を残すことは全くありません。)リンパ液で常に衣類は濡れていた。身体中が腫れて、胸などは子供に授乳していた時よりも豊満になった。会社は休ませてもらった。火事も子供のことも夫にほとんど頼ることになった。数日間は布団に潜ってうめいていたが、ステロイドで冒されていた皮膚がおもしろいように剥けてきてからは、先生の「絶対に治してあげるから。」(近頃の日本人、特に責任のある地位についている人達は自分の言葉に責任をもたない人が多くなりました。しかし私は自分の言葉には絶対に責任を持ちます。)という言葉が信じられてきて、煎じ薬を入れたお風呂に皮がたくさん浮くのが楽しみになった。(その通りです。皮膚の"ウンコ"は出せば出すほど良いのです。アトピーの際に見られる湿疹はまさに皮膚の"ウンコ"なのです。つまりIgE抗体と結びついた化学物質が皮膚を通して湿疹という形になり、それが痒みを持ち、引っ掻かれて潰され体外へ化学物質が排泄されるからです。)

 夏になると会社にも行けるようになった。まだ、目や口の周り・首・脇の下・肘の裏と太股の裏から膝の裏までは、リンパ液が出ているし、痒くて仕事をするのは辛かったが、徐々に薄皮が張ってきて、もう峠は越えられたと思っていた。

 10月になって目が痒くてたまらなくなった。前から季節の変わり目には痒くなったが、今度のは白目が膨らんで瞼が閉じられないほど炎症を起こしていた。(秋の花粉が化学物質を運搬して、皮膚の傷から入り込んで感作された抗体と結びついて即座にアレルギー性結膜炎を起こしているわけであります。アトピーがひどい状態のときには皮膚からIgE抗体が使われていき、その間この患者さんの他のアレルギーであるアレルギー性結膜炎やアレルギー性鼻炎にはIgE抗体が使われる余地が無かったのです。)次には肘の裏に寒気をもよおす急激な痒みにおそわれ、夜中に掻きむしった。そしてそれは身体中に起こった。漢方の煎じ薬を飲み始めた頃ほどではないが、痒くて掻くと赤皮になりなかなか皮が張らなかった。ステロイドの毒は抜け切れていなかったのだった。リンパ液が出るので、顔にはマスクをして、首・指・手の甲・肘の裏にガーゼを巻き膝の裏には子供のおしめを包帯にして巻いていた。ショックだった。またひどくなるとは思っていなかった。(激しい離脱症状は一回とは限りません。それまでのステロイドの激越な離脱症状は数回出る人がいます。いわば体の免疫は時間差をもって抑制されたことや、その強さの程度も正確に記憶しているのです。従ってステロイドを抜く経過中に、時間差をもって強弱のリバウンド現象が出るわけです。つまり最後に用いたステロイドの影響が最初に除去され、一番最初に使ったステロイドの影響は一番長い時間差をもって最後に除去されるわけです。そして強いステロイド剤を塗ったり、飲んだり、注射したりするとそのリバウンドはその分だけ強くなって、用いた順序を逆に巻き戻すように順序良く途中で出てくるわけです。)前の時はある程度覚悟して臨んでいたが、今回は精神的なダメージは大きかった。でも、通院の度に先生が「絶対に治るから。」と握手してくれた。その言葉を信じて耐えた。

 平成75月、松本先生にお会いして1年が過ぎた頃から皮膚に変化が出てきた。それまで赤皮だったところに皮膚ができ始め、(黒い皮膚が赤くなり、最後に正常な皮膚に戻ります。)掻いてもすぐ皮が剥けなくなった。右手の甲が最初で、目の周り、口の周り、膝の裏、首、肘の裏、左手の甲と順番に丈夫になってきた。ステロイドで無くなされていた自己治癒力が復活してきた。もちろん環境汚染にさらされている皮膚は、今でも感染症を起こし痒くなったりもするが、掻いても皮膚は崩壊しにくくなった。掻き破っても煎じ薬を入れたお風呂に入れば、すぐ皮が張ってくるようになった。

 さらにアトピーの治療の前からあったアレルギー性鼻炎の症状である鼻水と鼻詰まりが完全に消えてしまった。またアレルギー性結膜炎も治ってしまった。今では、私の様子を見てきた夫や子供 達も松本先生のお世話になっている。アレルギー性鼻炎で別の病院でずっとステロイドを投与されてきた夫は、先生のおかげでしょっちゅう鼻水が出ていたのが治まっている。(漢方はIgE抗体を抑制せずにアレルギー性鼻炎や結膜炎や喘息の症状をいとも簡単に取ってくれます。そして最後は自然とIgE抗体も減っていってしまい完全にアレルギーから解放されます。この方の家族の皆さんのアトピー性皮膚炎、アレルギー性気管支喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎のすべてを完治させたのですが手記は書いてもらっていません。)私たちの子供であるため、アレルギー性鼻炎とアトピー体質を受け継ぐ子供達は、松本先生の「除去食をする必要はない。痒ければ掻きなさい。運動でも何でも自由にしなさい。」というご指示のもとにのんびり治療を進めて、リバウンドも乗り越えて元気に過ごしている。このように家族全員が松本先生にステロイドの毒牙から救ってもらい、まさに松本先生は私たちの命の恩人なのである。(近頃アレルギーではほとんど来院されなくなり、ときに風邪のときに家族みんなで来ていただけます。)

<上の表の説明>

 来院時には、IgE抗体はすでに正常値(100)の十倍の値を示しています。ステロイドを止めると、どんどんIgE抗体が上昇し6510まで上がりました。ここまでがリバウンド期で以後症状が楽になり、戦いが縮小し、治癒期に入っていくわけです。仕事もできるようになり、痒みも軽減し、夜間も眠れるようになります。ただステロイドの直接作用による変質した皮膚を正常な皮膚に戻す為に何回か皮膚の入れ替えをすることがなかなか大変な仕事になります。