単純ヘルペスIgG、水痘ヘルペスIgGの抗体を調べる意義について

 水痘ヘルペスIgG抗体検査の必要性についてご理解をしていただくために、少し詳しく説明しましょう。

   

 単純ヘルペスウイルスも水痘帯状ヘルペスも、感染がない時の抗体価は2以下と言われます。特に水痘帯状ヘルペスはいわゆる水疱瘡の原因ウイルスであり、ほとんどの人が感染しています。一度かかった水疱瘡に二度とかからないのは、メモリT細胞やメモリB細胞の働きの故とされています。しかしながら、メモリリンパ球に関しては、その正確なメカニズムについては現在まで解明されておらず、正常健常者のヘルペスIgG抗体が常にどのように維持され、そのぐらいの高さに保たれるかについて、統一された学問的見解は示されていません。

   

 しかし、ある信頼できる施設によれば、経験的には一度水疱瘡にかかった健常な人のIgG抗体価は2~16前後と報告されています。ところがアトピーで長期にステロイド剤を用いられてきた人は、その間免疫の働きが抑制されるので、その間隙をぬってヘルペスウイルスは後根の神経細胞節からどんどん増殖し、末梢の皮膚に到達し、皮膚の細胞に住みつくようになります。

   

 さて、このように長期にステロイドを用いてきたアトピー患者の免疫系は、増殖したヘルペスウイルスをどのようにして殺しにかかるのでしょうか?まずウイルスが細胞の外にいるときは、補体系のタンパクがウイルスに付着して、大食細胞や好中球によって貪食されてしまいます。さらに補体系はウイルスの表面にmembrane attack complex を作って、ウイルスの膜に穴をあけて殺してしまいます。ところが、ひとたびウイルスが細胞に入り込むと、補体や大食細胞や好中球は無力であります。

 私の経験では、ステロイドを長期に用いてきたアトピー患者の皮膚の細胞には、多かれ少なかれヘルペスウイルスが潜んでいますが、それでは細胞に入り込んだヘルペスウイルスをどのようにして免疫はやっつけるのでしょうか?確かにNK細胞や活性化された大食細胞はIFN-γやTNFのようなサイトカインを出して、感染された細胞のウイルスの数を減らすことはできますが、殺すことはできません。また、TNFはヘルペスウイルス感染細胞を殺すこともできると言われていますし、またNK細胞や活性化された大食細胞によって直接殺されることがあると言われています。

 しかしながらヘルペスウイルスが一旦細胞に入れば、このような先天免疫による武器によっては完全に殺すことはできないのです。ここで初めてヘルペスウイルスに対する特異的IgG抗体の出番となります。

 ヘルペスウイルスが一旦細胞に入り込むと、ものすごい勢いで細胞の中で増殖していきます。この勢いに打ち勝ち、ヘルペスウイルスを殺すことができるのが、後天免疫であるIgG抗体の働きなのです。IgG抗体自身では殺すことはできないので、他の免疫細胞が必要になります。その代表がNK細胞であります。

   

 NK細胞はIgG抗体のFc region に結びつくことができ、このIgG抗体は感染細胞の表面の膜に表示されているヘルペスウイルスのペプチドとFabで結びつくことによって、NK細胞に感染細胞を殺しやすくするのです。もちろんマクロファージや好中球もこのようなNK細胞と同じようにIgG抗体と結びついてヘルペスウイルス感染細胞を破壊することができるのです。このような抗体の働きをADCC【antibody-dependent cellular cytotoxicity】(抗体依存性細胞障害)と言われます。特にNK細胞はグランザイムBやパーフォリンをヘルペスウイルス感染細胞に向けて放出し、細胞自殺を引き起こすと言われております。このようなADCCの働きにより、様々な酵素をはじめとする化学物質が好中球や大食細胞やNK細胞から放出され、それが末梢の感覚神経を刺激して、ピリピリ、ヒリヒリ、チクチクとした独特な痛みを感ずるということがわかったのです。ヘルペスウイルスは元来、神経説に住みつき、神経線維や樹枝状突起に沿って増殖するものですから、ヘルペスウイルスとの戦いにおいて痛覚が刺激され、上に述べた症状が出現するのも、理論的に考えても当然のことなのです。

   

 さらにヘルペス感染細胞で何千個にも増殖したヘルペスウイルスが感染細胞から飛び出したときに、このIgG抗体はこれらのウイルスと結びついて、次の新たなる細胞と結びつくことを阻止する中和抗体の働きもします。

   

 ところが、これらの免疫細胞の働きは全てステロイドによって抑制されてしまうのです。このような免疫が抑制され得た状態で当院にアトピー患者が訪れます。当院で一切のステロイドをはじめとする免疫抑制剤を使うことを止めますと、徐々に免疫が回復してきます。それと共に、いわゆるリバウンド症状、つまりステロイド離脱症状が出現してきます。しかし、先ほど述べたように、皮膚がチクチクしたり、ピリピリしたり、ジリジリしたり、ヒリヒリしたりする、何とも言えない痒み以外の症状は、アレルギーだけの問題ではないのです。痒みを起こすのは確かにヒスタミンを代表とするケミカルミディエーターでありますが、痒み以外の様々な痛みを伴う自覚症状は、免疫の働きが単純ヘルペスや水痘帯状ヘルペスとの戦いに見られる症状だということに気がついたのです。この現象は先ほど述べたようにADCCによるものであることがわかったのです。

   

 さらに激しいリバウンドのときに見られる大量のリンパ液も、本来単純な水泡や帯状な水泡で終わるべきヘルペスウイルスとの戦いに見られる症状が、あまりにも大量の表皮細胞が崩壊するために癒合することによってそれが大量に崩壊し、体液が流出していくということも分かってきました。(もちろんどうしてヘルペスウイルスが水泡を作るのかについては誰も説明していませんが)

   

 このような痒み以外の他の痛みなどの症状は、まさにヘルペスに対する特異的なIgG抗体によるものなのです。このような本来いわば無害な寄生ウイルスであったヘルペスウイルスを排除しようとする戦いの経過をフォローすることは間違いでしょうか?まさにHSV(単純ヘルペス)とVZV(水痘帯状ヘルペス)の抗体価を調べることによって、時に睡眠を妨げたり、生活の質を激しく減ずる痛みの自覚症状を患者さんに説明することができ、さらにそのような症状が永遠に続くのではなく、ステロイドを使わずに免疫を回復することによって、アトピーの症状と同じ良いうに消失してしまうことを、目に見えない証拠である抗体価を示すことで乗り切らせることができるのです。

   

 つまりHSVやVZVの抗体価を最初から最後まで症状に応じて検査することは絶対に必要なのです。アレルギー抗体であるIgE抗体がリバウンドで上昇していき、免疫寛容を起こすと下降していくように、ヘルペスの抗体価も同じように上昇し、下降していることを示すことができ、科学的なアトピー治療が可能となるのです。まさにevidence based medicine が可能になり、患者さんに痛みの証拠を突きつけ、納得してもらうことができるのです。

   

 実は自覚症状以外に、他覚症状にもヘルペスによる皮膚症状には独特なものがあります。視診ですぐわかるのですが、えぐれるような症状が出てきます。このえぐれるような症状はまさにADCCによるものであると考えられます。これらの症状はまさにADCCによるものであると考えられます。これらの症状の激越なものが、カポジー水痘様疱疹と呼ばれるものです。カポジー水痘様疱疹についてのメカニズムも実はあまりよくわかっていませんが、ADCCによる激しい炎症の結果なのです。カポジー水痘様疱疹は別名、ヘルペス状湿疹とも言われますが、これこそアトピーの炎症症状に加えて、ステロイドによって大量に増殖したヘルペスウイルスとの戦いによる、アレルギーによる免疫症状の合併症と言ってもよいのです。その意味ではカポジー水痘様疱疹も免疫を抑制することによって生じた医原病のひとつと考えられます。

   

 従って当院でのこのようなヘルペスウイルスによる症状の経過を見ることは、ヘルペスウイルスのIgG抗体をフォローすることによって確認できます。しかも患者にどうしてこのような苦しい症状が生じるのかを説明し、永遠に続く痛みではなく、予後を説明し励まし、ヘルペスによる症状を乗り切らせるために、これらの検査は絶対に必要なのです。

   

 既に述べたように、当院に来られて一切のステロイドをやめることにより免疫が回復し、アレルゲンとの戦いが始まるとともに、アレルギーの抗体が上昇するのみならず、ヘルペスウイルスの抗体も上昇し、増殖したヘルペスウイルスが減っていくと、ピリピリ、ヒリヒリ、チクチク、ジクジクといった症状も減少していくと同時に、自覚的にあの独特な円状の深くえぐれた皮疹も消え去り、ヘルペスの抗体価も下がっていくのです。