経口免疫寛容について

 免疫学の世界では、ずっと前から鶏の卵白に含まれるタンパクのひとつであるアルブミンを静脈に注射し続ければ、ショックを起こすことが分かっていました。ところが、同じ鶏を食事として口から入れ続けても、元気になることはあってもショックは絶対に起こらないことは自明の理でした。これに対する答えは誰も出していませんでした。さて、その答えも私が出してあげましょう。

 実はショックを起こすのは、何も鶏のタンパクに対してだけではありません。全ての動植物のタンパクは人間にとっては異物となりますから、それらを人間の静脈に注射し続ければ必ずショックで死んでしまいます。ところが、同じような異種タンパクを食べ物として摂り続けても、決して免疫によって排除されることはありません。もちろんショックも起こりようがありません。なぜでしょうか?その答えは2つあります。ひとつめの答えは、腸管から摂取された全ての異種タンパクは、消化器によって生命が全て共通に持っているアミノ酸にまで分解されてから吸収されるので、人間にとっては異物とはならないからです。逆に言うと、全ての生命は同一のアミノ酸を共有することによって、お互いに異物になりえない進化を遂げたともいえます。

 もちろん言うまでもなく、生命の設計図である遺伝子は、とどのつまりアミノ酸を作るためにあるのです。このアミノ酸を進化の中で色々なペプチドやタンパクを作ることによって、様々な種を作り、さらに属、科、目、綱、門、と大きく集団を作り上げ、最後は生命界を作り上げたのです。つまり現在地球上に見られる無限大とも言えるぐらいの生命の多様性は、タンパクの多様性によって作られたといっても過言ではないのです。ところがタンパクの元の元は全て20種類の同じアミノ酸であります。動物は植物と違って自分自身で栄養を作ることができないので、原始時代においては人間を含めて動物同士がアミノ酸を取り合うために互いに殺し合ったのです。一方、植物だけは自分に必要な栄養を自分自身で作ることができたのです。その素材は水と二酸化炭素であり、光をエネルギー源として利用したのです。従って動物は全て植物から栄養素を奪い取り、動物同士は植物から奪い取られた栄養分をときに殺し合って取り合いをしたのです。

 ところが人間には迷惑な話ではありますが、目に見えない生命が知らぬ間に人間に入り込むようになりました。それが人間の病気を起こすウイルスや細菌、カビ、寄生虫であったのです。彼らは人間が溜め込んだ栄養物や、それを使って作り上げた機構を利用して、人体内で繁栄しようとしたのです。好きなだけ人体で繁栄させればいいのですが、そのような病原体が人体で増殖し続けると、人間は死んでしまいます。そのために免疫という病原体から身を守るシステムが進化したのです。これが免疫です。

 それでは人間はどのようにして病原体を異物として認識し、排除し、殺すことができるのでしょうか?全ての免疫のメカニズムを一言で語ることは絶対に無理です。しかしながら、人間の免疫は自分が持っていないタンパクを病原体が持っていることに気づき、それを自分のMHCというタンパクと結びつけ、このタンパクとMHCの複合体を目印として異物と認識し、殺すものは殺し、排除できるものは排除し、押し込めることができるものは人体に支障がない場所に押し込め、共存できるものは共存するという免疫の進化をさらに発達させたのです。これが現代の人間の免疫の様々な働きとして明らかになりつつあるのです。

 さてここで同じアミノ酸で作るタンパクの違いに着目した人間の免疫は、まさに理にかなっています。なぜならば生命の遺伝子はアミノ酸を指定することから始まるわけですから、このアミノ酸が生命を維持するための中心プレーヤでありますから、違う生命である病原体を敵として認識するために、その病原体が持っているタンパクに着目したのは極めて理がかなっているのです。というのも、あらゆる動物は遺伝子から成り立っており、この遺伝子の命令で作られたアミノ酸を結び付けてそれぞれ独自のタンパクを作ったからです。

 この世にはアミノ酸は20種類しかありませんが、このアミノ酸の繋がりによって無限のタンパクができるのです。みなさんすぐにお分かりでしょう。20種類のアミノ酸が10個結びつけば何種類のタンパクができるのかご存知でしょう?20の10乗ですから、計算すると10兆240億種類のタンパクができてしまうのです。従ってアミノ酸の結びつく数によって無限大の種類のタンパクを作ることが可能であることは簡単に理解できるでしょう。実は人体は、全ては確認されていないのでありますが、10万種類のタンパクを作っているといわれています。従ってこの10万種類以外の人間が作れないタンパクは全て異物と認識されるのです。人間の免疫は自分の体に入ってくる異物をタンパクの違いによって区別するようになったのは、目の付け所がよいというよりも、当然のことだとお思いになりませんか?

 最初の話に戻りましょう。従って鶏の卵白に含まれているタンパクであるアルブミンを人間に投与したら何が起こるでしょうか?既に述べたように食べ物として卵白を食べたときはアミノ酸にまで分解されて人間の免疫は異物と認識する必要はないのです。なぜならば人間の免疫はタンパクしか異物と認識できないからです。従って経口免疫寛容という言葉は、人間があらゆる種類の動植物のタンパクを食べる限りは、全てアミノ酸として消化吸収された後、アミノ酸として人体に取り込まれるので、元来用いられる言葉ではないのです。つまり、従来から用いられてきた経口免疫寛容という概念に意味がないのは、タンパクが全て消化されたときにアミノ酸にまで分解されてしまうので、免疫が介入する余地は全くないものですから、免疫が働かない以上、免疫が寛容するという言葉も全く意味がないからです。つまり経口免疫寛容という概念は不必要な概念なのです。

 ところがストレートに人間の血管にこの鶏のアルブミンを投与するとどうなるでしょうか?この問題は経口免疫寛容とは別問題であることを知っておいてください。この実験は許されない人体実験であるのですが、理論的に考えることは許されるので、その答えを出しておきましょう。まさに人体の血管に循環している免疫細胞がこれを異物と認識し、排除の戦いが始まるのです。量が多くなればなるほど、免疫の働きが刺激され、最後はショックを引き起こし死んでしまいます。

 それでは皆さん、卵白ではなくて潰瘍性大腸炎(UC)やクローン病(CD)を起こす化学物質を直接血管に入れたらどうなるでしょうか?もちろんそんな人体実験をやると、それこそ犯罪になりますが。もちろんやらなくても鶏の卵白を血管に直接入れたのと同じ結果を招くことは言うまでもないことです。つまりUCやCDの患者さんは、実は化学物質を栄養として摂っているのではなくて、飲食物に含まれている化学物質が栄養と一緒に摂取されるものですから、本来このような化学物質は栄養となる食べ物と一緒に摂取されるべきものではないのにもかかわらず、文明が作り出した化学物質が、否が応でも侵入してしまうのです。この化学物質をいくら消化してもアミノ酸になることはないので人間にとって異物と認識せざるをえなくなるのです。つまり、5大栄養素と水と酸素はまさに人間に絶対必要ですから、異物になりようがないのですが、化学物質は不必要なもの、つまり異物として認識されてしまうのです。既にあちこちで述べているように、化学物質はハプテンとなり、この化学物質を運ぶタンパクをキャリアタンパクといいます。この二者が結合して人体の免疫にとって異物と認識されるのです。つまり免疫はあくまでも異物と認識する敵を、常にタンパクがらみで見分けようとしているのです。免疫は常にタンパクと結びついたMHC全体を異物と認識しているのです。化学物質もタンパクと結びつかない限りは絶対に異物とは認識されないのです。つまり人間の免疫は常にタンパクと結びついた異物を認識するという原理原則にのっとって敵を認識しているのです。

 このような化学物質はアミノ酸にはできないので、このような化学物質をどのように免疫寛容を起こすかというテーマが今日の主題です。UCやCDの患者さんが、このような化学物質に対して戦いをやめて共存するということが免疫寛容という意味ですが、既に以前に『膠原病であるUCやCDがなぜクラススイッチを起こしてアレルギーになり、その後、免疫寛容を起こしやすいのか』という話は述べましたが、もう一度復習しなおしましょう。

 現代の全ての飲食物には化学物質が満載されています。人類が19世紀のはじめから本格的に薬をはじめとする化学物質を作るのに手を染め始めました。それ以来現在に至るまで、人類は7500万種類の化学物質を快楽のために作り出し、地球上の水・空気・大地を汚染し尽くしています。今なお人類は毎日15000種類の新しい化学物質を作り続けています。まさに化学物質を作ることが人類の進歩と同義語であります。この世に化学物質を食べたいと思う人がいるでしょうか?誰もいないですね。なぜでしょう?本能的に人間が作った化学物質は人間にとって不必要であり、異物となって体に害をなすということを知っているからです。人間は頭で化学物質を有害なものだと知っている以上に、肉体はこのような不必要な化学物質が入ったときにそれを異物と認識し、免疫を作動させて排除しにかかります。

 さてこのような化学物質が食べ物と一緒に腸管に入ってきました。免疫の優れた人はこの化学物質を異物と認識できますが、免疫の劣った人は知らぬが仏です。つまり人間の全ては遺伝子で決まります。頭のよさも顔のよさも運動能力も芸術の才能も性格のよさも、全て遺伝子が決めています。“氏より育ち”というバカな話がありますが、“氏があってこその育ち”です。ない袖は振れません。従って異物を認識する免疫の遺伝子も、優れた免疫の遺伝子を持ち合わせた人は、それだけ数多くの異物を認識する運命におかれているのです。この才能は化学物質がはびこっている現代文明社会においては無用の長物でありますが、仕方のないことです。しかし必ずこのような優れた免疫の遺伝子を持っている人は免疫寛容を起こしやすい免疫の優れた遺伝子も持ち合わせているのです。その根拠を詳しく書いていきましょう。

 まず免疫の優秀さは何の遺伝子によって決まるのでしょうか?免疫学が遺伝子レベルで解明された今となっては、全てが分かっております。ご存知のように、他の人が気づかない異物をできる限り数多く素早く認識し、様々な症状を発揮しやすいのは、免疫の遺伝子が優れているからであります。この異物は上でチラっと述べたように、遺伝子によって作られるMHCというタンパクを多種類作れる遺伝子の多様性を持っている人が、より多くの異物を処理できる能力を生まれつき付与されている人なのです。まさに“氏”です。ところがこのような多様な遺伝子を持っている人が異物に出会わない限りは、決して氏なる免疫の優秀性を発揮することができないのです。まさに“氏があっての育ち”であります。もちろん“氏”が優秀であっても、ステロイドをはじめとする免疫の遺伝子の発現を抑制する薬などを投与されると、“氏”は発現されません!ちょうど優れた才能を持って生まれた人が、育ちが悪ければ教育のひとつも受けることができず、悲しい一生を送らざるをえないのに似ています。

 このような優れたMHCの遺伝子を持った人に化学物質が腸管に大量に入ってきます。さぁ、このような化学物質は、実は突然に入ってくるものではありません。生まれたときから毎日毎日否が応でも食べさせられます。しかも何回も述べていますように、MHCの遺伝子は生まれたときから持っていますから、UCやCDになる人は既にこの化学物質を認識してしまっているのです。どのような形で処理するのでしょうか?アレルギーという症状です。お母さんの母乳を飲んでいるときに、既に多かれ少なかれアトピーという形でこの化学物質を処理しているのです。もちろんいくらMHCの遺伝子が優れているといっても、人類が作った全ての異物をアレルゲンとして認識できるわけではないのです。ちょうど頭脳が優れているといったところで、全ての学問や芸術の分野において優れているわけではないのと同じです。既に述べたように、膠原病であるUCやCDと、アレルギーであるアトピーとは、同じ化学物質を認識しているのですが、膠原病のときはIgGという抗体を用い、アレルギーの時にはIgEという抗体を用いて戦っているのです。それではなぜ赤ちゃんはアトピーが多いのに、UCやCDはないのでしょうか?さらにアトピーであった赤ちゃんが大きくなってからUCやCDになりやすいのはなぜでしょうか?という疑問に答えていきましょう。

 答えは極めて簡単なのです。IgG抗体もIgE抗体も同じBリンパ球が作っているのです。Bリンパ球は抗体産生工場といえます。このBリンパ球はまずIgGを作り、それを作りかえてIgE抗体に変えることをクラススイッチといいます。それでは何がIgGからIgEにBリンパ球に作り変えさせるのでしょうか?インターロイキン4(IL-4)というサイトカインであります。それではこのIL-4というサイトカインは、まず最初に誰が作るのでしょうか?肥満細胞(マスト細胞)です。それではこのマスト細胞はどんなときにIL-4を作り始めるのでしょうか?IgGという抗体がマスト細胞のレセプターに結びつくと、人体の中で初めてIL-4というサイトカインを作り始めるのです。それではIgGは誰が最初に作り始めるのでしょうか?ヘルパー1Tリンパ球(Th1)がインターフェロンγを作ってBリンパ球にIgGを作れと命令します。それではTh1はどのようにして作られるのでしょうか?化学物質と結びついた大食細胞や樹状細胞がIL-12というサイトカインを作って、骨髄で作られたヘルパー0Tリンパ球(Th0)にTh1になれと命令して作るのです。皆さん、分かりますか?難しいでしょう?もう一度今言ったことを、もっと分かりやすく詳しく書きましょう。

 赤ちゃんのときに、母乳を通して腸管から化学物質であるハプテンと食べ物の成分であるキャリアタンパク複合体が入ってきました。腸管で吸収された化学物質は、血液に乗ってあらゆる組織に運ばれ、細動脈や毛細血管で様々な組織の結合組織にもれ出て行きます。必要な栄養物は組織の細胞に取り入れられるのでありますが、化学物質や化学物質と結びついたタンパク複合体は吸収されないで、結合組織にとどまります。化学物質は組織のタンパクと結びつきます。このハプテンとキャリアタンパク複合体は一度結合すると簡単に引き離すことはできないのです。すると、特に皮膚の結合組織に住んでいるたくさんの樹状細胞が、それらを異物として貪食します。このハプテンといわれる化学物質と結びついたキャリアタンパクといわれるタンパクとの複合体が樹状細胞によって近くのリンパ節に運び込まれます。この結合組織には大量の補体というタンパクが異物と結びつくために待っています。樹状細胞はTリンパ球にこの異物を提示する仕事をします。一方、補体はBリンパ球にこの同じ異物を提示する仕事をするのです。