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「リウマチ性多発筋痛症手記」

KN 48歳 2011年9月13日

自己免疫疾患は無い

リウマチ性多発筋痛症から半年で回復

1、発症

2010年10月頃右腰に強い痛みを感じた。 リーマンショック後の長い不況の中、仕事は忙しく常にストレスのかかる日々を送っていた。薬局で買った湿布をはり痛い時は我慢していた。2010年11月初めゴルフに行き終了後立っているのも辛くなり知り合いから腰痛は病院より整骨院が良いと勧められ整骨院に行った。腰廻りの血行が悪くなっていると言われマッサージを受けた。何回か通ったが2~3日は楽になりその後痛みがぶり返す状態が続いた。

不安になり2010年11月22日近くの整形外科病院に行った。レントゲンを撮り異常無しと言われた。シップと痛み止めを出され、痛みがひどかったので腰に坐骨神経ブロック注射(キシロカイン)をした。注射後痛みは嘘のように無くなった。 しかし2~3日後、腰どころか右肩迄激痛が走り朝まともに起きられなくなった。 11月27日再度病院に行き右肩のレントゲンを撮った。また異常ないと言われ痛み止めとシップをもらい、更に右肩にリノロサール(ステロイド)入りの関節腔内注射キシロカインを注射した。またもや注射後肩や腰の痛みは嘘のように消えた。

11月30日朝、両肩両聲部が強ばり少し身体を動かすだけであちこちが痛く、まるでガラスが刺さったような痛みが始まった。直ぐに病院に行き症状を訴えたところ血液検査をしてプレドニゾン(ステロイド)1mgを飲むように指示された。痛みは引かず翌日キシロカインを注射した。12月3日先日の血液検査の結果異常が見当たらないと言われ更に細かい血液検査をする事になった。その日もリンデロン(ステロイド)入りの坐骨神経ブロック注射をした。またもや痛みは消えた。

ここ迄の治療で医師から考えられる病名や、注射したリノロサールやリンデロンなどがステロイドだと一度も説明を受けておらず血液検査もCRP(炎症反応)が高いぐらいの説明しかなかった。医者は一般患者に難しい事を説明しても理解出来ないと思っているのだろう。

無知な患者は医師の言うことを信じるしかない。私は尋常でない痛みを疑問に思いインターネットで症状を調べた。そこには自分の症状にピッタリのリウマチ性多発筋痛症があった。何故こんなに自分の症状にピッタリの病名があるのに医師は言わないのか不思議に思った。

12月18日若い医師でなく院長に私の症状は膠原病の中のリウマチ性多発筋痛症ではないかと質問した。私の父は2008年に76歳で膠原病のウェゲナー肉芽腫症を発症し最後は敗血症で亡くなった。ステロイドやエンドキサン(免疫抑制剤)などの知識はあったし自己免疫疾患という言葉も知っていた。(自分の免疫が自分の正常な細胞を攻撃し死んで行く。当時かなり違和感を感じたのだが) 膠原病の遺伝についてははっきりわかってないようだが院長に父の病気の件も話した。同院内の内科は膠原病専門の先生が来ているとのことでその先生に診てもらうことになった。血液検査のデータを見てリウマチかどうか確証はないが取り敢えずアザルフィジン(免疫を調整する薬と言われた)を飲むように言われ悪性リンパ腫の可能性もあるからと言われCTスキャンと更に血液検査 をした。後日セカンドオピニオンも聞きたいと思い財閥系の総合病院で診察を受けた。血液検査のデータとレントゲンのフィルムも持って行き今まで経過と自分の考えを若い医師に話した。医師は関節の破壊がないしリウマチ系疾患と断定できない。リウマチ系疾患だとしてもステロイド治療しかない。膠原病の原因は不明で自己免疫疾患は何故起こるかわかっていない。今の病院で診てもらうほうが良い。ここは関節破壊が進んだ患者が来るところみたいな事を言われた。確かに入ロに新型の人工関節のポスターが貼ってありコマーシャルされていた。このまま完治する事無く薬を飲み続けるしかないと覚悟した。 (一般のリウマチ疾患の患者はほとんどそうだと思う)12月24日最初の病院に行き診察を受けた。セカンドオピニオンの話もした。医師は悪性リンパ腫の心配は無い。リウマチ性多発筋痛症であると言う前提で治療をしましょうと言いどの薬が効くか解らない。3ヶ月はやってみましょうと言われた。患者は医師に従うしかない。プレドニン5mgを1日2錠リウトマレックスを1週間1錠アザルフィジンを1日1錠更に副作用を抑える為タケプロンやフォリアミン等沢山の薬を飲むように言われた。薬の量にびっくりした。二週間分が出され治療がスタートした。これらの薬は恐ろしいぐらい効いた。身体から痛みが消え治ったと思った。ただ自己免疫疾患という言葉に非常に疑問を感じていた。 ステロイドやエンドキサンを投与され何も為す術も無く目の前で息を引き取った父の事を思い出した。

2、幸運

身体の痛みが取れ考える余裕ができたので、膠原病のことをインターネットや書店に行き調べに調べた。以前から松本医院の事はインターネットで知っていた。他の病院のも調べてみた。松本先生だけは医学的根拠を上げ原因を特定 していた。他の先生方は自己免疫疾患を否定しておらず原因も特定していない。矛盾した治療が多い。が、治ると書いてある。よく考えるとムチャクチャな話である。松本先生の論文を読んで凄い衝撃を受けた。免疫を抑制する西洋医学と180度違うので驚いた。漢方薬で免疫力を上げ化学物質と戦う免疫をクラススイッチさせる。豊富な臨床結果と医学的根拠があり原因を完全に特定している。更に原因がわからない故誤った治療が行われ新たな病気を生み出す現代医学。人間の持つ免疫の種類やその偉大さ。食い入る様に読んだ。その治療法に矛盾は無かった。インターネットの松本先生の論文は全て読んだ。解らない用語は調べてメモしたりした。2011年1月4日松本医院で診察を受けた。年末からステロイドの副作用で既に足は浮腫み顔はムーンフェイスになっていた。

松本先生の診察を受けていきなりの迫力にびっくりした。 全てが理路整然とし正論であるとも思った。孤高の戦士にも見えた。 「あんたの免疫が治すんや」 この言葉が心に響いた。先生の話を聞いて全ての謎が解けたような気がした。 父はステロイドすなわち間違った医療によりウェゲナー肉芽腫症となり、 人工透析になり、最後は免疫抑制剤により敗血症で死んで行った事になり、 私のリウマチの発症もステロイド注射が引き起こした可能性がある。 ただ不思議と私を治療した医師や父の最後を担当していた医師に怒りは湧い来なかった。彼らは間違った医療を大学で学びそれを実行しているだけだと思った。また先生が何故今の医療のやり方にそこまでポロかすに言うのか、 恐らく先生はわけの解らない理論がまかり通る医療業界や既得権者と常に戦っているから攻撃的になるのだろうと思った。

3、治療

治療方法や漢方薬の飲み方はインターネットの患者さんの手記を読んでいたのでスムーズに治療に入れた。2011年1月4EIからステロイド等の全ての薬を止め漢方薬と漢方湯そして抗ヘルペス剤による治療がスタートした。長男の受験で大変な時に妻に全て漢方薬の煮出しをお願いした。妻の治療に対する理解と献身的な介護がないかぎり耐えられなかったと思う。会社には治療がかなり時間がかかり迷惑をかける事を報告した。1月6日朝起きると身体中強ばり全身にガラスが刺さっているような痛みに襲われた。リバウンドが始まった。

患者さんの手記である程度予想していたが想像を絶するものだった。 頭痛と耳鳴りがひどく(これがヘルペスであるとは松本医院でしか解らない事だ)ベッドから起き上がる事も寝返りさえ出来ない。トイレも妻の付き添いがないと行けない。ただ痛みに耐え自分の免疫が自分の為に戦っていると自分に言い聞かせた。痛みより眠気のほうが勝つのを知った。正に「人間痛みで死ぬ者はいない」である。完治に向けて治療がスタートした。 今回先生に手記を書くように言われて思い出したことがある。患者さんの手記を読んで一番知りたかった事は治療にどれくらい時間がかかるからだった。 痛みに耐える覚悟はできているが一番不安なのはこの痛みが一年なのか二年なのかと言う事だった。不安で患者さんの手記の中の日付を必死に目で追っていた。 人それぞれ症状が違うし、いつ免疫がクラススイッチするか誰もわからない。

私に投与されたステロイドはトータル100mg強。あとアザルフィジン三週間とリウトマレックスニ回分あと注射が四回(ステロイド入りが2回)だった。 参考になるかどうかわからないが、何かの目安になればと思い血液検査の日付と結果を抜粋し一覧にしてみた。

1月4日血液検査              CRP2.28
RF36
血沈25
リンパ球22.9
1gG1009

1月19日血液検査
CRP3.04
リンパ球16.3
ヘルペスEIA価7,4

2月1日血液検査
CRP4.54
RF46
リンパ球19.7
1gG1374
ヘルペス日A価7.2

3月2日血液検査
CRP2.10
RF49
血沈61
リンパ球24.4,
[gG1403
ヘルペスEIA価6.5

4月7日血液検査

CRP2.45
RF26
血沈33
リンパ球24.7
1gG1334

5月9日血液検査
CRP2.25
RF24
.血沈36
リンパ球23.7
1gGi258
ヘルペスEIA価10.8

6月1日血液検査
CRP1.49
RF18
血沈31
リンパ球24.4
1gG1175

7月6日血液検査
CRP1.03
RF17
血沈21
リンパ球30
IgG1128
ヘルペスEIA価10.6

8月4日血液検査
CRPO.66
RF12
血沈14
リンパ球28.7
1gG1107
ヘルペス日A価13.5

上記の通りステロイドをやめた後リバウンドが始まりCRPが一旦上昇しリンパ球も減少して血沈もRFもlgGも上がっている。その後CRPがやや横ばいをしてlgGの数値が減少し血沈、RFともに下がって来る。リンパ球も上昇しクラススイッチが始まり一挙にCRPが下がって行く。

1月、まともに歩けず会社から帰ってただ横臥し2時間ごとに痛みで目が醒めた。唯一漢方湯に入っているときが痛みから解放される時だった。凄い寝汗と全身の痛み、更に会社に出社するとひどい頭痛に襲われた。抗ウイルス剤が効き頭痛が納まると随分楽になった。2月、シャツのボタンも付けれないぐらい指が痛かった。ただ足に痒みがでて風呂でボリボリ痒いていた。先生に話しリウマチの漢方薬と痒みを出す漢方薬が加わった。耳鳴りはひどかったが頭痛も軽くなり食欲も出てきた。身体の痛みは相変わらず取れなかった。3月に入り寒さも和らいだ頃身体の痛みが少しずつ薄皮をはぐように楽になっていった。痛みを飛ばす為にお灸をこまめにやった。お灸をすると火傷が起こりそこに免疫が集まる。自分でお灸をしながら痛みが無くなるたび先人の偉大さを身を持って感じた。4月、5月が一番長く感じた。正に臥薪嘗胆、大きな進歩もなく日々痛かったり楽になったりを繰り返しながら過ごした。階段の上り下りが一段一段休みながらでないと出来ず松本医院に行く時も一苦労だった。週二回鍼灸に通った。先生に特にしんどい所を訴えながら鍼と灸をしてもらうと身体がうそのように楽になった。常に励ましてもらい治療中の慰めにもなった。他の鍼灸院にも行ったがやはり松本医院のように理論的にわかっていない先生では効果が上がらないと思いやめた。6月の半ば鍼灸の治療をしていて先生からアトピーの発疹が出てると言われ、「今日はパーティーですね」と言われた。確かに腰 あたりが無性に痒くなっていた。IgGが1gEにクラススイッチし始めた。

脇の下や背中に痒みの発生が広がるごとに身体中の痛みが嘘のように楽になってきた。何回も読んだ松本先生の論文「リウマチ性多発筋痛症線維筋痛症の完治の理論」が自分の身体の中で現実のものとなり松本先生の理論が正しいと証明された。7月に入るとCRPも1.O3になり階段の上り降りも楽になり車も長距離でなければ運転できるようになった。大病院に行かず漢方治療を選択した私に懐疑的な目を注いでいた周りの人達も回復ぶりに驚嘆していた。 水痘帯状ヘルペスの価は上がったり下がったりで仕事で疲れた時など免疫が働き首や肩の動きが極端に悪くなる。抗ウイルス剤は1ヶ月で1週間分しか保険適用できない。あとは自費になる。費用負担は増えるがヘルペスを抑え込むため200日以上毎日飲み続けている。頭痛がなくなり。耳鳴りも治まった。大きく深呼吸した時、両手両腕に痛みがピリピリ走るような症状も6月ぐらいには無くなった。

4、現在の状態

CRPは0.66となり身体中の痛みはほぼ無くなった。背中全体が痒くかきむしっている。右肩がまだ完全に上がらない状態で稼働範囲を広げる努力をしている。両手にお灸を毎日やっているし二種類の漢方と漢方湯や抗ウイルス剤も飲み続けている。失った体力と筋力を取り戻すため毎日出来るだけ歩くようにしている。日常生活に支障をきたす事は段々無くなってきた。家庭にも笑顔が戻ってきた。完全に元の身体になるには治療は続くと思う。暫くは先生にお世話にならなければならない。私は松本先生や医院のスタッフの皆様、そして家族(特に妻には感謝してしきれない)の協力おかげで全身の絶え間ない痛みから 解放された。ステロイドを飲み新たな病気に怯えながら生きていく陰鶴な日々から明るい人生を取り戻す事が出来た。松本先生がよく言われる 「そこらの医者よりあんたの免疫がずっとえらいんや」 をまさに身を持って経験した。悔やまれるのは父の事だ。田舎に住む年寄りが一軒しかない医院の医師の言うことや治療法に疑問を持つ事はなかっただろう。 もっと早く松本医院のことを知っていれば死なさずにすんだのにと思うとやりきれなくなる。私や私の父のような膠原病の患者は多い。関節リウマチだけでも推定70万と言われている。一年で一万人以上の患者が発症していると言われている。ほとんどの患者は以前の私の様に原因不明と言われステロイドによる治療をしている。身体から痛みを取るため免疫を抑制し新たな病気になって行く。痛みは確かにいやなものである。免疫が身体を治す為に戦っている証明であるとわかれば少々のことは耐えれるものだ。私は23歳の時十二指腸潰瘍から吐血しある製薬メーカーの胃酸を抑制する薬を10年以上飲んだ。 ところがピロリ菌が発見され除菌により治ってしまった。その後除菌は保険適用となりその胃酸を抑制する薬は特許が満了し普通の薬局で市販されるようになった。私のようなピロリ菌による潰瘍患者は胃酸を抑制する薬を保険を使い大量に投与された。穿った考え方かもしれないがその薬の特許満了と除菌の保険適用が妙に合っているような気がした。そうだとしたら製薬メーカーにと ってこんな美味しいマーケットはなかっただろう。ステロイドの投与も何か同じような構図があるような気がする。松本先生が言われる通り病気には薬がっきものでこの薬により巨額の金が動く。製薬メーカー、大学病院、医師会など巨大な組織が原因不明を放置して痛みを取るという甘い言葉で保険を使い薬を出し、それが既得権になる。そうなると原因不明が都合良くなるわけで膠原病治療は製薬メーカーにとって大きなマーケットになっているだろう。 そんな巨大な既得権者には真実は邪魔なものかもしれない。 そんな医療業界で組織に対抗し真実を追求する気骨のある医師は私の知るかぎり松本先生ぐらいしかいない。松本先生がやっている医療は巨額の赤字を抱える医療保険制度にも一石を投じることになるのではないか。

私は運よく松本医院に出会うことができ、わずか半年で全身の痛みから解放されリウマチの完治に向かう事ができた。 その恩恵を受けた患者の一人としてできる事はなにか。 このように手記を書き松本先生の治療の正しさを患者の立場から少しでも人目につくよう世に発信するしかないのではないか。 それがいつも松本先生が言う 「信じてくれてありがとう」 に報いることだと思う。

最後になるが私は間違った医療を受けた時間が短く膠原病の中ではかなり軽い方だったと思う。 もっと重篤な患者さんにはあまり参考にならないかもしれない。 私が半年間の治療で一番感じたことがある。 それは我々患者は全て先生や医院にお任せでなく、自らも勉強し病気の意味を学び賢くなることが大切であるということだ。 「学ぶこと」これも人間のもつ大きな免疫の一つではないだろうか。

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