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    「リウマチ手記」 匿名希望 62歳

    2009年7月22日

    私の場合

    2008年、6/24、高槻の松本医院で初診、血液検査のため採血、漢方薬を処方してもらう。
    1週間後、再診、リウマチと診断され、再び漢方の煎じ薬とお風呂の薬草をもらって帰る。
    2009年、6/6、最後の血液検査のため、4か月ぶりに登院、薬も何ももらわず、松本先生から手記を書くように言われた。

    私は、松本医院に初めて行った時から、インターネットで「リウマチの完治の理論と証拠」というファイルを何度も読んでいたから、大体の治療法は理解していた。患者が手記を書く事も知っていた。これから、闘病するにあたって、記録をするため、早速ノートを買った。しかし、そのノートはほとんど書かれる事はなかった。辛くて気持ちの余裕もなく、自分の病気を冷静に見つめる事は、困難だった。どんな風に手記にしたらいいのか分からないが、娘や友人などに携帯から送ったメールなどで何とかその時の様子を振り返ってみたいと思う。

    2008年、5月の連休あたりから、首、肩、手首が痛み始めていた。
    寝ちがい、50肩、腱鞘炎ぐらいだと思って近所の整形外科を受診。
    レントゲンを撮っても異常なし、使い痛みでしょう・・・と言われお決まりの湿布と痛み止めの薬を処方してもらう。

    1週間経っても痛みは治まらず、総合病院の整形外科を受診する。
    大きく腫れあがっていた右肩は、滑膜に水が溜まっていると言われ、注射器で水を抜いてもらった。そしてそのあと、楽になりますよと、注射をされた。これがステロイドだったようだ。薬局で胃腸薬のほかに、プレドニン、アザルフィジン、セレコックスなどを処方してもらう。
    薬剤師さんに「これ、ステロイドですよね・・」と躊躇してると、「ああ、これくらいの量、全然大丈夫ですよぉ」と明るい声で言われ、そう思った。
    私がステロイドを意識して飲んだのはこれが初めて・・・
    その後、松本先生に事あるごとに「あなたが今までに、間違った化学療法をしてきたんや!」と言われる羽目になる。

    私が初めて松本医院を訪れたのは、金曜日の午後の診察時間帯だった。
    その時の印象は、漢方の匂いのする待合室には、たくさんの患者さんがいて、部屋には大きな字で書かれた何枚かの張り紙が目にとまった事だった。
    「当医院では、ステロイドは一切使いません。ほしい方は他の病院へ行って下さい」
    「リウマチ、アトピーの患者さんは、必ず鍼灸を受けてもらいます」
    「アトピーの患者さんは、必ず写真を撮って下さい・・・・・証拠にしたいのです」
    「患者さんは、待合室では必ず手記を読んで待つようにして下さい」
    やたら「必ず」が、目についた。

    それから診察室や、鍼灸室に張ってある「もぐさ」を下肢一面に据えた写真、
    どれもこれもビビるのには充分だった。長い時間待ってやっと診察を受け、肩に注射をした事を話すと先生はひと言、「残念やった!」と私が取り返しのつかない間違いをしてしまったかのような顔をされた。その日、自宅に帰ったのは夜の11時をとっくに過ぎていた。あくる日から、いつ終わるとも知れない私の闘病生活が始まった。

    毎日煎じ薬を作り、身体の痛いところにはお灸をした。免疫が上がるように、近所の鍼灸院で鍼もした。右肩には激痛が走り、手首は痛くて曲がらなくなった。右の二の腕あたりがピリピリと痛くて手が上がらなくなった。
    腕に電気を流したような、針で突かれるような、締め付けられるような、何とも言えない不愉快な痛みの種類が常に襲ってきた。
    右足の指に違和感を覚え、そのうちに固い痛みが住み付いたようになった。
    足が重たくて普通には歩けなくなり、それは長い間続いた。また、指先には力が入らなくなり、まともに字も書けなくなった。ペットボトルの蓋が開けられなく、布巾もしぼれなくなった。冷蔵庫のドアも、両足を踏ん張らないと簡単には開けにくくなってきた。もちろん、包丁など危険で持てなくて料理は無理な状況になった。

    煎じ薬を飲み始めてから約2か月、足の甲、首、背中、お腹、両腕にアトピーが出現!最初はよく分からなかったけど、日を追うごとに数が増えていった。漢方薬を飲むだけでアトピーが出るなんて・・・信じられないことだった。
    松本先生の言うことは本当だった!!
    やった~!!  その時、私はこれでリウマチが治ると確信した。
    やがてアトピーは、1か月ぐらいの間に顔を除き、全身に広がっていった。
    それまでの身体の痛みで、体力が奪われているところにアトピーの出現で追い討ちをかけるように気力まで無くなっていくのが分かった。

    アトピーが出てくると、リウマチの痛みが痒みに変わると書いてあったけど、私の場合は、痛みの方がきつくて、そうは感じなかった。相変わらず不愉快な、痛みは四六時中消えることはなかった。リウマチの痛みでアトピーの痒さを我慢できるのは、まだましな方だと自分に言い聞かせ、アトピーの収まるのを、ひたすら耐えた。

    指の先から足の爪の先まで、アレルギーは出尽くした。生々しかったアトピーが少しずつ枯れ始め、皮膚がはがれていった。私が歩いて移動するたびに身体中の皮膚の皮がこぼれ落ちた。でもこれが終わると治るんだと思い、「粉吹き人間」だなんて冗談を言ったりしていた。
    これがとんでもない思いちがい、勘違いで、それからの8か月間はアトピーの恐ろしさ、凄まじさに身体も心もぼろぼろになり、神経はすり減っていった。
    人間の身体はこれほどまでにアレルギーを起こすのか、自分の身体のどこにそれほどのエネルギーが潜んでいたのかと驚くばかりだった。
    松本先生の理論によると、それまで受けてきた間違った化学療法とアレルギーの程度は比例するということらしいが、私の意識の範囲では思い当たらない。
    でも、身体というものは嘘をつかないと思う。知らない間に自分は何かを間違ったのだと、諦めるよりほかは無かった。

    アトピーのリバウンドは治りきらないうちにまた次のアトピーが出現した。足のアトピーはひどさを増し、足の甲は皮膚が崩れてリンパ液が止めどもなく流れ出し、常に足を椅子の上に上げておかないと、べたべたになる。
    足の裏は堅い岩のようになり、深い「あかぎれ」が多数できた。足全体が、パンパンに脹れ、かがむこともできない。
    手も例外ではなく、何度もリバウンドした。最初は、細かい砂粒のようなブツブツが何日かかかって、手の両面、指先に出始める。そのブツブツがつながって、皮膚が硬くなり、これも又「あかぎれ」になるのだ。普通では考えられない姿になる。 手が裂けると言えばいいのか・・・

    手も足も、1日最低2回は傷口の消毒、漢方エキスで湿布、塗り薬や、エルタシンを塗り、ガーゼ、包帯などで保護をした。肩や手首が痛くて、手当が思うように出来なくて、1日の多くの時間をケアのために費やした。ガーゼ、包帯、絆創膏、手袋など、いくらあっても足りない。真夏というのに寝る時も、包帯をした足を締め付けないソックスを掃き、手袋をして寝た。

    痛みや痒みは、想像以上で、QOLは最低だった。熟睡なんかとても望める訳もなく、毎晩、睡眠導入剤が必要となる。この頃には食欲もなくなり、48キロあった体重が43キロまで落ち込んで体力は限界状態!
    栄養状態が悪化ということで、「アミノバクト」「プロテイン」を処方してもらう。プロテインは1日、スプーン9杯は飲むようにということだったが、私はそれより多く、倍近く飲んだ。でも、プロテインを飲んだくらいでこのひどい残酷な状態がほんとに治っていくのか?あまりにも辛い症状が長い間、続くとこのままでいいのかと、気持ちがぐらついた。
    とても不安だった。

    2か月くらいかかって、足のリンパ液流出が、やっと止まった。浮腫みも徐々に引いてきた。足の骨が手で感じ取られるようになった。次は首回り、背中、脇の下のリバウンドが始まった。また、顔だけはこのまま、大丈夫かなと思っていたら、そうはいかなかった。
    口の周りから徐々に広がり始め、ピリピリとしびれるようになった。お灸の後の火ぶくれからも「ヘルペス」になったことがあるが、口のピリピリ感もヘルペスだった。抗ウィルス剤の「アシクロビン」を処方してもらったが、これがなかなか効いてくれなかった。

    顔にできたアトピーは、目立つし、長い間、かなり辛いものがあった。
    足と手のように、リンパ液の流出は無かったが、首回りは真っ赤になり、何か所も深い横じわとなり、首筋が裂けた。首筋から耳にまで達し、耳の皮膚も何度もはがれた。背中は、魚のうろこのようになり、広い範囲でガサガサになった。両脇の下はもともと激しくアトピーが出た場所で、その後、無数のヘルペスが広い範囲で発症し、痛みと痒みに何ヶ月間もの間、悩まされることとなった。

    同時にこの頃から、耳が聞こえなくなった。耳に栓をしたような感じで、頭が重くて毎日が、憂鬱だった。この状態も、半年ぐらい続いた。

    入浴のあとは、血流がよくなるのか、傷口が泣きたいほど痛くなる。でも、自分の病気をまず受け入れないと、始まらない。良くもなりはしない。治りたいという意識より辛い今を、ただ黙々と過ごして、何も考えまいと、時の過ぎるのを祈った。もう無理と思いながら、それでも何回も何回も、繰り返すリバウンドに耐えるしか道はなかった。

    アトピーが出始めてから、7,8か月、首回りから少しずつ傷が癒えてきた。
    背中も皮膚がつながり、痛みが消えていった。身体が楽になり、安らかな気分で過ごせるようになって来た。人間の身体には治癒力が備わっているのだな・・・と何となく実感してきた。松本先生が言われている「免疫だけが病気を治す」というのはこの事だろうか?

    漢方の治療を始めて10か月位で、何度か小康状態というのか・・体調のいい日が続いた。このまま順調にいけばいいなと思っていると、なかなかそうはいかない。部分的にアトピーのリバウンドは繰り返し、一度発症すると、治まるまでにひと月はかかった。
    でも、だんだん小規模になっていき気分的にはずいぶん楽だった。少しくらいのアトピーが出てきても、もう驚かない。放っている。煎じ薬だけは毎日飲み続けたが、その他の傷口ケアグッズは卒業した。足に少しの痛みが残っているが、リウマチの痛み、アトピーの痒さから解放された。

    そして1年経った6/6、これで最後にしようと松本医院へ行き、漢方薬はいりません!と申し出た。
    診察室を出る時、」「ありがとうございました」と心から感謝の言葉を述べ、私の方から先生と握手をさせてもらった。先生は力強く握り返して下さった。

    私の人生のなかで、思いもしない「リウマチ」という病気との闘い、松本先生の話や、たくさんの方が書かれた手記からも、1年くらいでこれほどまでに、回復するなどとは思っていなかった。
    漢方という治療法を自ら選択したものの、何度も挫折しそうになり、なぜこの私なの?と悔しい思いもたくさんした。
    長い長い、暗いトンネルを抜け出せたのは、決して自分一人の力じゃない。
    私には二人の娘がいて、大阪市内に住んでいるが、闘病中は交替で毎週家に来て、献身的に身の回りの世話をしてくれた。
    心身ともに参っている私にとって、何よりもありがたい事だった。
    いつも、メールや電話で見舞ってくれ、明るく励ましてもらった。
    その度に心の中で手を合わせ、「ありがとうね!絶対治るから!」と誓った。
    その他、たくさんの友人からお見舞いのメール、励ましの電話を頂いた。
    近所の方々にも良くしてもらった。
    ほんとに何もできない時期は、毎日、晩御飯を作って届けて下さった。
    一日や二日ではない。何か月もである。世の中にこんな親切な人がいるのかしら・・・といくら感謝してもし尽くせない。

    病気になり、辛い悲しい思いをしたけれど、私の周りには大切なもの、かけがえのないものがたくさんあることに改めて気が付かされた。まだまだ万全ではないが、周りの方々に感謝し、自分を信じて生きていこうと決意している。

    血液検査の推移

     

    08. 6/24

    7/15

    8/26

    11/4

    09. 2/18

    6/6

    RF

    5

    5

    5

    5

    5

    5

    ZTT

    3.4

    3.8

    3.2

    1.8

    2.3

    2.1

    CRP

    2.67

    2.13

    1.04

    0.23

    0.09

    0.10

    血沈

    55

    78

    24

    10

    5

    10

    プロティナーゼー3

    138.1

    75.6

    64.8

    38.3

    52.8

    51.8

     

     

     

     

    平成21年7月8日

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