「戦う」ことが、自分や自分の周囲の人生を不幸にする 2022年12月14日のX(旧twitter)より転載

「戦う」ってことが、無意味どころか自分や自分の周囲の人生を不幸にする、ってことになぜ気づかない?? 実際に「戦う」という姿勢で臨んでいる人の中で、真に幸せだと感じて生きている人がいれば、是非とも教えて欲しい。 「戦う」のではなく「諦め」よう。「明らかにして見る」んだよ。実際に「戦う」という姿勢で臨んでいる人の中で、真に幸せだと感じて生きている人がいれば、是非とも教えて欲しい。

「戦う」のではなく「諦め」よう。「明らかにして見る」んだよ。「鬼滅の刃」で描かれた“鬼”のボスである鬼舞辻無惨のようなわかりやすい敵が存在しているのなら、それを倒すまで徹底的に戦うのも良いでしょう。ボスを倒せば終了なので。しかし、我々が生きる現代社会(=マトリックスワールド)における敵など、本当は存在しない。我々の中で勝手に描いているだけ。“国”や“政府”と戦う?“DS(ディープステイト)”と戦う?? そんなもん、そもそも実体なんてないものと戦うこと自体意味がないことに早く気づきましょう。

箱庭化している現代社会の中でいくら争っても、戦っても、何も変わりません、変えられません。それどころか状況は悪化していくでしょう。なぜなら、「戦う」という姿勢における波動の乱れが、周囲に伝わるからです。波動の共鳴や干渉によって、周囲の波動も乱していくことに繋がるのです。 波動を安定させて幸せに生きたいと思うなら、そのような不安定な波動には同調しないこと、つまり「戦う」生き方をしている人からは離れるべきです。

キング牧師はかつて「最大の悲劇は、悪人の圧制や残酷さではなく、善人の沈黙である」と述べたそうですが、私は「最大の悲劇は、善人が戦うことによって更なる争いや不幸の火種を作ってしまうことである」と感じています。その思いをこのコロナ禍の2年間で新たにしているところです。

それでも「戦わずして本当の自由を得ることはできない」と考える人は、それこそ好きにすれば良いでしょう。しかし、私は戦う生き方では不幸になるばかりで、幸せは結局得られないと思う。そんな生き方はまっぴら御免です。人生一度きり、自分のやりたいことを思いっきりやってから死にたい。だから私は自分の考えの元に、必要ないワクチンも打たず、必要ないマスクもせず、しかし誰とも争わず、戦わず、そして「松本医院」という場を最大限活用しながら、自分の診たい患者さんを診て、今このように自分のしたい情報発信をしながら、平和にかつ最大限幸せに生きています。

これは結局のところ、私自身が「自分軸」を貫いて生きることができているからです。つまり、このくだらない現代社会(マトリックスワールド)を幸せに生きるために、誰とも争う必要もなければ、戦う必要もないということを、私自身が証明しているのだと私自身は考えています。だから、私は戦う波動で生きている人や、そういう波動に乱されて不幸になっている人たちには、その生き方や考え方を変えることを強くオススメしたい。自分軸を貫きながらも、誰とも何とも争わず・戦わずに幸せに生きていくことができるんだということを主張したい。そしてできれば残りの一生をかけて、自分が考える「幸せな生き方」を、家族や友人や、あるいは松本医院に来院される患者さん方やこのTwitterのフォロワーの皆さんにも示しながら生きていきたいと思っています。 「自利即利他」の精神の下に。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です