動脈硬化の予防と「コレステロール仮説」について5(facebookより転載 2019-11-21)

さて、先日から連日投稿しております「コレステロール仮説を切る」シリーズですが、今回で早くも5回目の投稿になります。

前回はコレステロールについての基礎知識を少しおさらいしておきました。今回はコレステロールには「LDLコレステロール」と「HDLコレステロール」があり、LDLコレステロールが”悪玉”で、HDLコレステロールが”善玉”であるとする仮説(これも神話)について、その仮説の成立過程をみながら考察・検討していきたいと思います。

悪玉と善玉のコレステロール!? 〜もう一つの”神話“創造〜 

● 「フラミンガム・ハート・スタディ」

 栄養・コレステロールと梗塞の関係を分析した世界で最初の研究として超有名な試験が、米国で行われた「フラミンガム・ハート・スタディ(Framingham Heart Study: FHS)」です。このスタディの存在を知らない心臓専門医(循環器内科医)は存在しないと言っても過言ではないでしょう。”フラミンガム“というのは、研究が行われたボストン近くの小さな労働者の町の名前です。この研究は、1948年に米国心臓研究所(当時)の指導により着手された国家的プロジェクトであり、フラミンガムに住む数百人の住民を対象に、生活習慣(特に食事・栄養)、理学的所見(体重・血圧)、生化学的データ(特にコレステロール値)等の因子を記録していく、というものでした。最終的な研究の目的は、当時の米国でトップ死因であった循環器疾患、なかでも虚血性心疾患の発症因子を明らかにし、その予防対策を確立することでした。プロジェクトのスタート以来、すでに70年を経過する現在でもなお研究は継続中であり、フラミンガム・スタディにまつわる論文数は、主要な医学雑誌に投稿されたものだけでも、何と1000編をゆうに超えています。このことからも、この研究が循環器疾患、とくに虚血性心疾患の疫学研究に与えた影響がいかに大きなものであったかがわかるでしょう。フラミンガム・スタディは、世界中の循環器疾患の疫学調査のモデルとなっただけでなく、研究成果がその後の循環器疾患の予防対策の新たな指針として重要視されるようになりました。

● 捻じ曲げられたスタディの結果

 「フラミンガム・スタディ」の最初の結果が出たのが1960年代はじめでしたが、これが激しい議論を引き起こしました。なぜなら、大方の予想に反して、血清コレステロール値と(虚血性)心疾患との間に、統計的優位性が認められなかったからです(Ann.Intern.Med.1961;55:33-50, N.Eng.J.Med.1962;266:796-801, JAMA.1964;190:886-890)。研究結果からは、タバコや高血圧と心疾患との統計的関連性は疑いようのないものでしたが、栄養やコレステロール値については、関連性が示せなかったのです。若い男性(50歳以下)については、コレステロール値から梗塞のリスクを予測することはできましたが、それもわずかで曖昧なものでした。逆に50歳以上の歳をとっていると関連性は逆転し、コレステロール値が低いと寿命がむしろ短いという結果でした。実はここ日本でも、高齢者医療法(旧老人保険法)ができてから無料検診を受診した人の20年以上にわたる調査の結果、40〜50歳以上の人では、コレステロール値と心疾患との間に相関がないばかりか、コレステロール値が高い群の方が、がん死亡率も総死亡率も低かったことが明らかにされています(Obstetr.Gynecol.Ther.2007;94:567-76, J.Lipid.Nutr.2008;17:67-78)。
 しかしながら、「フラミンガム・スタディ」で心疾患とコレステロール値に明らかな関連性が認められなかったにも関わらず、フラミンガムの研究者らはコレステロール高値が心血管疾患の危険因子であると決めつけ、これをまことしやかに吹聴して回りました。つまり、ここでも研究者らにとって都合の良いように研究結果が捻じ曲げられ、まるでコレステロールが心血管疾患の真犯人であるかのように世間にアピールされることとなったのです。

● ”悪玉“コレステロールと”善玉“コレステロール!?

 そして、なんとかコレステロールと動物性脂肪(飽和脂肪酸)を敵として祭りあげたいと考えていた心臓専門医やコレステロールの専門家たちは、これらのフラミンガム・スタディの初期の(微妙な)結果を受けて、新たな技術を導入し始めました。それが遠心分離により、コレステロールを運ぶリポタンパク質を比重に応じて分離するという技術です。こうして血漿中のHDL(高密度リポタンパク質)とLDL(低密度リポタンパク質)という、比重の高いリポタンパク質と比重の低いリポタンパク質が分離して検査できるようになりました。そして、フラミンガム・スタディのデータもさらに分析・検討される中で、当初は虚血性心疾患の発症要因を探る目的で始まったはずの観察研究が、HDLコレステロールとLDLコレステロールに関する研究に様変わりしていきました(Ann.Intern.Med.1971;74:1-12, Am.J.Med.1977;62:707-14, Circulation.1983;67:730-4)。その後、フラミンガムの研究者らは、最終的にLDLコレステロールが心血管疾患の予測因子であり、HDLコレステロールが心血管疾患の独立した防御因子であると結論づけました。
 こうして、「コレステロールには”善玉(=HDLコレステロール)“と”悪玉(=LDLコレステロール)“があり、動物性脂肪(飽和脂肪酸)が悪玉であるLDLコレステロールを増やし、心血管疾患を起こす」、という学説が華々しくデビューしました。これこそがまさに「飽和脂肪酸悪玉説」のはじまりです。これ以降、フラミンガムの研究者たちだけでなく、世界中の心臓専門医たちが、心血管イベントのリスクを評価するためには、総コレステロールの測定だけでは不十分であり、HDLコレステロールやLDLコレステロールを含めた、他のパラメーターも調べるべきだという主張をし始めました。現在でも、脂質異常症が疑われる患者には、HDLコレステロールやLDLコレステロールを測定することが実際の臨床ではスタンダードになっています。しかし、このようにリスクを単一の指標だけでなく、複合的な指標を用いて捉えざるを得ないということは、結局フラミンガム・スタディの結果だけでは、”コレステロール“という単一の因子と心疾患との関連性に関しては、大して意味のあることがわからなかった、ということを示しています。つまり、「コレステロールと心血管疾患との間の統計的関連性があまりに不確かだったため、もっと有力な指数が必要であった」と自ら認めているようなものです。
 さらに言えば、これらのフラミンガム・スタディの結果はかなりバイアスがかかっており、はっきり言えば”捏造“されたものであった可能性さえあるのです。フラミンガムの研究者らは、彼らが主張したい学説に有利なデータのみを選択し、不利なデータは完全に無視していたのです。つまり、彼らはありもしない虚構をまるで事実かのように研究成果として世に知らしめ、まんまと我々を騙すことに成功したということです。このことに関してさらに詳細を知りたい方は、科学ライターのゲイリー・トーブス(Gary Taubes)著「Good Calories, Bad Calories」(2008年)をお読みください。このような捏造疑惑があるにも関わらず、フラミンガム・スタディの結果(結論)に基づいて、「フラミンガム・リスクスコア(Framingham Risk Score:FRS)」なる評価さえもが確立され、これが今でも心血管疾患を引き起こすリスクを総合的に計算することのできるツールとして世界中で用いられています(Circulation.1998;97:1837-1847)。

 以上、アンセル・キーズが提唱した「コレステロール仮説」や、フラミンガムの研究者らが思い描いた二元論(LDLコレステロール=”悪玉“、HDLコレステロール=”善玉“)がいかに欺瞞に満ちた”神話“のようなものであったかをみてきました。

 そして、これらの”神話“から生み出されたさらなる”神話“こそが「飽和脂肪酸悪玉説」です。これは、「飽和脂肪酸を摂りすぎると、動脈硬化の原因となる(LDL=悪玉)コレステロールを増やし、心血管疾患を引き起こす。飽和脂肪酸が多く含まれている動物性脂肪は”悪玉“である」という”神話“です。

 それでは次回からは、この「飽和脂肪酸悪玉説」が我々にもたらした影響とその崩壊過程について順にみていくことにしましょう。

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