妊婦RSVワクチンに関して、当院の見解
最近、SNSなどで「妊婦にRSVワクチンを接種すべき」という話題が広がっています。しかし、この問題は冷静に医学的事実を整理して考える必要があります。
まず前提として、RSウイルス(RSV)は非常にありふれた呼吸器ウイルスであり、ほとんどの子どもが2歳までに一度は感染するとされています[1,2]。多くの場合は軽い上気道感染で自然軽快します。重症化するケースは存在しますが、その多くは早産児や心疾患・肺疾患などの基礎疾患を持つ乳児に集中しています[3,4]。
2023年に報告された妊婦接種ワクチン(RSVpreF、アブリスボ:不活化ワクチン)の大規模臨床試験では、確かに乳児のRSV関連下気道感染症に対して一定の予防効果が示されました。出生後90日以内では重症RSV疾患に対して約81%の有効性が報告されています[5]。
しかし、この効果は主に出生後数か月間に限定されることが知られています。6か月以内でも効果は約69%程度まで低下します。さらに重要なのは、すべてのRSV感染を防げるわけではないという点です。臨床試験では、医療機関受診を伴うRSV下気道感染症に対する予防効果は約57%と報告されており、主要評価項目の一部では統計学的成功基準を満たさなかったとの解析もあります[6]。
さらに重要なのは、重症RSV感染症の絶対リスクです。
第3相試験では、出生後90日以内の重症RSV下気道感染症は、プラセボ群で33例/3570例(約0.9%)に認められました[5]。つまり、これはもともと重症化する乳児の割合自体は決して高いものではないということでs。ワクチンはこのリスクを一定程度低下させる可能性があるにはあるのですが、もともとの発症率が低い疾患に対する介入であるという点も、利益とリスクを評価する上で重要な視点と言えるでしょう。
今回の妊婦RSVワクチンは、少なくともRSV感染そのものを防ぐことができるワクチンではありません。ですから、「ワクチンで感染予防しましょう!!」と訴えている人がいたら、それは根拠に乏しく、無視しておくのが良いかもしれません。
ただし(与えられたデータからは)、乳児の重症RSV下気道感染症のリスクを一定程度低下させることを目的としたワクチンでアルとは言えます。しかし、その効果は出生後数か月に限定され、またRSV下気道感染症全体に対する予防効果は臨床試験で統計学的成功基準を満たしていません。つまり、重症化予防効果があったとしても限定的であるということが言えます。
次に安全性です。妊婦への医療介入は、通常の成人接種よりも慎重に評価される必要があります。
RSV妊婦ワクチンの臨床試験では、早産がワクチン群でやや多い傾向が報告されています。第3相試験では早産率がワクチン群5.7%、プラセボ群4.7%でした。統計的に有意とはされていませんが、同様の安全性シグナルが別のRSVワクチン開発試験でも観察され、臨床試験が中止された例もありました。そのため現在も安全性監視が継続されており、早産との関連性は引き続き評価中とされています。
ここで冷静に考えるべきポイントを以下でお示しします↓
RSVは
・ほとんどの子どもが感染する
・多くは自然軽快する
・重症化は特定のリスク群に集中する
一方、妊婦ワクチンは
・効果は出生後数か月に限定
・感染そのものは防げない
・妊娠という特殊な生理状態への医療介入
という性質を持っています。
つまり、このワクチンは「全妊婦に一律に勧める医療介入なのか」という点について、医学的にはまだ議論の余地があると言えるでしょう。そんなものを積極的に勧める医師の言うことは信じない方が良いと思います。
本来、医療介入は利益がリスクを明確に上回る場合に行われるべきです。
RSV感染症の実態、ワクチンの効果の範囲、妊婦への介入という特殊性を総合的に考えると、少なくとも現時点で「すべての妊婦が接種すべき」と断定できるほどの医学的根拠が十分に確立しているとは言い難いでしょう。
医療、特に健常者に行うワクチン予防接種は、流行やSNSの空気ではなく、冷静な利益・リスク評価に基づいて各個人が判断していくべきものだと思います。
皆様がこの投稿を参考に、賢明な判断を下されることを望みます!!
参考文献↓
[1] E. Baraldi, G. Checcucci Lisi, C. Costantino, J.H. Heinrichs, P. Manzoni, M. Riccò, M. Roberts, N. Vassilouthis, RSV disease in infants and young children: Can we see a brighter future?, Hum Vaccin Immunother 18 (2022) 2079322. 10.1080/21645515.2022.2079322. [2] P. Ehlmaier, P. Voitl, A. Riepl, L. Lischka, J.J.M. Voitl, K. Langer, U. Kuzio, A. Mühl-Riegler, B. Mühl, S.C. Diesner-Treiber, Long Term Sequelae of Mild RSV Infections in Healthy Children Aged 0-3 Years in the Primary Care Setting-A Prospective Two Year Follow Up Observational Study, J Med Virol 97 (2025) e70441. 10.1002/jmv.70441. [3] C.B. Hall, G.A. Weinberg, M.K. Iwane, A.K. Blumkin, K.M. Edwards, M.A. Staat, P. Auinger, M.R. Griffin, K.A. Poehling, D. Erdman, C.G. Grijalva, Y. Zhu, P. Szilagyi, The burden of respiratory syncytial virus infection in young children, N Engl J Med 360 (2009) 588–598. 10.1056/NEJMoa0804877. [4] P.L. Collins, B.S. Graham, Viral and host factors in human respiratory syncytial virus pathogenesis, J Virol 82 (2008) 2040–2055. 10.1128/jvi.01625-07. [5] B. Kampmann, S.A. Madhi, I. Munjal, E.A.F. Simões, B.A. Pahud, C. Llapur, J. Baker, G. Pérez Marc, D. Radley, E. Shittu, J. Glanternik, H. Snaggs, J. Baber, P. Zachariah, S.L. Barnabas, M. Fausett, T. Adam, N. Perreras, M.A. Van Houten, A. Kantele, L.M. Huang, L.J. Bont, T. Otsuki, S.L. Vargas, J. Gullam, B. Tapiero, R.T. Stein, F.P. Polack, H.J. Zar, N.B. Staerke, M. Duron Padilla, P.C. Richmond, K. Koury, K. Schneider, E.V. Kalinina, D. Cooper, K.U. Jansen, A.S. Anderson, K.A. Swanson, W.C. Gruber, A. Gurtman, Bivalent Prefusion F Vaccine in Pregnancy to Prevent RSV Illness in Infants, N Engl J Med 388 (2023) 1451–1464. 10.1056/NEJMoa2216480. [6] H.J. Zar, R.T. Stein, Maternal vaccination to prevent severe RSV disease in infants, The Lancet Infectious Diseases 25 (2025) 958–960. 10.1016/S1473-3099(25)00231-2.