放射性粒子の持つエネルギーと人体への影響について(2021年3月17日のtwitterより転載)
また放射線について皆さんと勉強していきたいと思います。今日は各放射性粒子の持つエネルギーについて深掘りしてみていきましょう。不安定な原子核の崩壊は強い力である核力に支配されているため、放射性粒子は極めて高い運動エネルギーを持っています。
まず光子(電磁波)であるγ線についてですが、γ線はα線やβ線とは異なり電荷は持っていません。γ線のエネルギーは通常、10〜5000keVの範囲です。ちなみに、レントゲン検査などで用いられるX線は、100eV〜100keVほどのエネルギーであり、同じ電磁波であるγ線と原理的には区別する必要はありません。ただし、X線とγ線はその発生機構が異なります。難しい話になるので詳細な説明は省きますが、X線は高エネルギー状態の電子のエネルギー準位間の遷移に基づきます(=電磁気力)。一方で、γ線は原子核中のエネルギー準位間の遷移に基づくものです(=核力)。
次にα線(粒子)ですが、これは陽子と中性子が各2個存在するヘリウム原子核なので、プラスの電荷を2つ持っており、重い粒子と言えます。α崩壊のエネルギーはとてつもなく大きいものであり、核種によっては5MeVものエネルギーを内在しています。このα線(粒子)の持つエネルギーは、生体内での化学反応エネルギーの100万倍(!!)ものパワーを持っています。このエネルギーは核種に固有のもので、核種によって若干異なります。
一方、β線(粒子)は、主に中性子が過剰にある核種で起こり、中性子が陽子に変換するプロセスにおいて電子粒を放出します。このβ崩壊はニュートリノの放出を伴い、β線のエネルギーは核種によってかなり幅があります。β線(粒子)は高速で放出される電子の流れと言っても良く、マイナスの電荷を持っています。そのエネルギーは、10keV〜5MeVの範囲ですが、その多くは100keV〜1MeVの間で、α線ほどではありませんが、いずれにせよ大きなエネルギーを持っていることは間違いありません。
以上のように、核崩壊に伴う放射線のエネルギーは、化学反応のエネルギーとは数桁分も大きく、数千倍〜数百万倍にも達します。あらゆる生命体に対する放射能の影響は、このような高エネルギーの放射性粒子(α線・β線)が生体内の化学物質に与える作用によるものだということをご確認ください。
X線やγ線について詳細に見ていきましょう。質量も電荷も持たない光子(電磁波)であるX線やγ線は、化合物中で結合している電子や原子核などにぶつかります。この時に重要なことは、どの程度のエネルギーかによって、物質に与える作用が異なってくることです(「光電効果」と「コンプトン効果」)。
まずは「光電効果」についてです。光子(電磁波)のエネルギーが比較的小さい(0.1MeV以下)場合、光子は化合物中に吸収されてしまいます。光子が持っていたエネルギーは電子に伝達され、その電子が化合物中から放出されます。そして、電子が放出された化合物はイオン化されることになります。
この化合物がイオン化される際に必要な光子のエネルギーは、通常は25〜40eVとされており、イオン化エネルギーよりも少し大きい程度です。この光子が持っていたエネルギーは、放出された電子の運動エネルギーとなり、これはβ線(粒子)と同様に振る舞います。これを「光電効果」と呼びます。
次に「コンプトン効果」についてです。光子(電磁波)が比較的大きなエネルギー(0.3〜3MeV)であった場合、光子がぶつかった化合物中から電子が蹴り出されるだけではなく、光子自身もエネルギーは少し減った状態で、化合物中に吸収されずに新たな方向へと飛んでいくことになります。
ぶつかった化合物とは別の方向に飛んで行った光子は、さらに他の分子や化合物とぶつかって電子を蹴りだし、また別の方向に飛んでいき・・・ということを繰り返して、次第にエネルギーを失っていき、電子を蹴りだす分しかエネルギーを失った際にぶつかった化合物に吸収されて終わります。このような比較的大きなエネルギーを持つ光子が分子(化合物)に与える影響を「コンプトン効果」と言います。このプロセスにおいて放出された電子も、「光電効果」の時と同様にβ線(粒子)として作用します。光子のエネルギーが大きければ大きいほど「コンプトン効果」の影響も大きいものとなります。X線やγ線は、生体組織中では1mほど浸透できることがわかっています。ヒトの体の暑さは20〜30cmほどなので、これらの光子は人体を通過することができます。このため、X線は病気診断のために用いられ、γ線はホールボディカウンター(体内の放射性物質を体外から計測する装置)として利用されています。
以上、光子(電磁波)であるX線やγ線の持つ効果(光電効果・コンプトン効果)とその性質について詳しくみてきました。これらの光子はどちらかというと「内部被曝」ではなく、「外部被曝」で問題になります。それでは次にα線とβ線について見ていきましょう。
まずα線(粒子)についてですが、これはヘリウムの原子核が高速で移動しているものです。この粒子はプラスの電荷2個を持っており、電子のおよそ7300倍の重さがあります。α線はある分子に衝突すると、そのエネルギーのいくらかを「光子(電磁波)」として放出することがあります(“制動放射”という)。しかし、α線において重要なことは、粒子の運動量がとても大きいために、ぶつかった分子をイオン化させたり、分子間の化学結合を切断したりする作用が強いことです。また、α線(粒子)は重いために、通常は直進する方向に運動する性質があります。他の分子とぶつかったりしながら運動速度が減少すると、よりマイナス電荷を帯びた電子を捕らえやすくなり、やがて普通のヘリウム原子(原子核+電子×2)となり、放射性を失ってしまいます。このような性質があるために、α線は衝撃力が強いが、遠くまで飛んでいくことができません。α線が持つエネルギーは約4〜9MeVですが、例えば5MeV程度のエネルギーを持つα粒子は、空気中ではわずかに4cmほど、水中では100μmほど、人体内だと4μmほどしか動けず、1枚の薄い紙を通過することすらできません。しかし、α線は移動範囲が直線状で狭いながらも、1umの間に数千もの分子をイオン化するほどの威力を持っています。ですから、α線は外部被曝では問題になることはほとんどありませんが、特に内部被曝で問題になる放射線です。
次はβ線についてです。β線はマイナス電荷を持つ高速で移動する電子です。化合物中の原子や分子は、プラス電荷を持つ原子核の周りに電子の雲があるような状態で存在していますが、そこにβ線(=電子)がぶつかって来ると、電子雲に弾き返され、方向を変えて飛んでいきます(=ラザフォード散乱)。
あるいは、β線がある分子や原子にぶつかると、β線が持つ一部のエネルギーが失われてしまうこともあります。この失われたエネルギーの分が電磁波(X線)の形で出ていきます(=制動放射)。これら以外にβ線でもっと起こりやすい現象として、α線の時と同様に、原子や分子から電子を蹴り出すこと、すなわちイオン化させるということがあります。β線も十分に大きなエネルギーを持っているので、分子にぶつかってエネルギーを徐々に失いながら電子を蹴り出し続け、最後には分子に吸収されます。β線がどのくらいの距離を動けるかは、動く媒体と運動エネルギーに依存しています。通常は2MeV程度のエネルギーを持つβ粒子は、空気中で約10m移動できますが、水中では約1mm、人間の体内では1mmの数分の1程度しか移動できないと考えられています。β線が運動できなくなるまでに、約250個程度の分子をイオン化するとされています。β線は、薄いアルミホイルや1cmほどの木材があれば遮断することができます。このβ線もα線と同様に、「外部被曝」ではなく、「内部被曝」で問題になる放射線です。