放射線被曝による健康影響 パート2(2021年3月28日のtwitterより転載)
放射線被曝の健康影響についての話を続けたいと思います。非常に低線量の放射線にも問題があるということが最初に指摘されたのは、英国オックスフォード大学の医師アリス・スチュワート博士の調査によってでした。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2029590/
最初は誰もスチュワート医師の調査結果を信じませんでしたが、ハーバード大学のマクマホン医師が彼女の調査結果を確かめるための研究を行い、1962年に米国立ガン研究所に論文が報告されると、にわかに低線量被曝による影響を憂慮する人が出現し始めました。
https://academic.oup.com/jnci/article-abstract/28/5/1173/883315?redirectedFrom=fulltext
実は、すでに1950年代には、かのノーベル化学賞受賞者であるライナス・ポーリング博士や、旧ソ連の理論物理学者であったアンドレイ・サハロフ博士らによって、「核実験の結果100万人が死に至る」と予想されており、核実験に反対を唱える人たちは数多く存在していました。核実験の結果、ミルクや食物中に放射性物質が混入し健康被害がもたらされることを危惧した人々の核実験反対運動によって、1963年の大気圏内核実験禁止条約が締結されました(その後ポーリング、サハロフ両氏は核実験反対運動の功績が認められ、ノーベル平和賞受賞)。しかしその後も核兵器開発や「核の平和利用」を目的とした原発開発は政府主導で進行したため、特に核開発に反対する科学者・研究者らによって低線量放射線被曝の健康影響に関する調査・研究がその後も精力的に続けられました。
その後、ピッツバーグ大学のスターングラス教授が、核実験後に、その周辺地域の小児白血病患者が増加していることを確かめた調査結果を報告しました。
https://science.sciencemag.org/content/140/3571/1102/tab-e-letters
スターングラス博士はまた、ネバダ核実験場からの核爆発による放射能雲が、ニューヨーク州の上空に雨が降った後に、白血病の発生率が高くなっていること、自然流産と乳児死亡が「死の灰」の後に顕著に増加していたことを報告しています。
https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/00963402.1969.11455200
核実験の後の「死の灰」や、原発からの放射能流出が危険であることを裏付けるデータとして、先に紹介したスチュワート医師は、「放射線被曝には安全なしきい値に関する証拠はない」とする研究結果を1970年に「Lancet」誌に発表しています。
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(70)91782-4/fulltext
さらにその頃(1970年代)、スターングラス博士は、ドレスデン原発(シカゴ近郊)周辺で乳児死亡率が上昇しており、低体重児の出生も増加していること。そしてそれらは核実験由来の「死の灰」に匹敵する原発からの気体放出物(放射性物質)の線量と並行していたことを発見しました。それらは後にスターングラス博士によって、1971年カリフォルニア大学で開催された「汚染と健康会議」で発表され、核実験後の先天性奇形の増加、非感染性呼吸器疾患(気管支喘息など)の増加、白血病の増加などが同時に報告されました。原発周辺地域ほど白血病が増えることは以前より知られた事実であり、事故が起こらなくても原発から漏れ出る放射性物質が周辺住民に影響することは頭の狂った「原発ムラ」が原発再稼働に向けて動いている今、日本人全員が知っておいて然るべきことでしょう。
例えば、「KiKK」というよく知られた調査では、ドイツ全国にある16機の原発周辺の子供の白血病やその他のガンの発症率が検討されています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2696975/
結果としては、原発から5km圏内の子供の白血病発症率は、5km以遠の地域の2倍以上でした。10km圏内と10km以遠で比べても、10km圏内の人は10km圏外の人に比べると有意に白血病発症率が高いという結果でした。しかし、「KiKK」の報告書では、「放射線疫学の知識では予想外の結果で、説明不能である」と結論づけられています。この報告書に基づき、外部からの疫学的調査委員会は、英国・米国・カナダ・日本・スペインなどの136の原発施設の近辺に暮らす子供達の白血病についての研究結果を引用(メタ解析)し、これらの施設の多くで白血病発症率が増加していると指摘しました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17587361/
「KiKK」の研究は、原発から10km圏内の子供の癌発症と原発からの放射能の因果関係を証明するものであり、他に有力な原因(原発があることによる以外の影響)は考えられないと結論づけられています(Joel et al. 2007)。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22223329/
逆にこのような結論に反する報告もありますが、いずれもこれまでの結果(白血病が増加したという事実)を覆す内容のものではなく、統計・解析が不十分ということを指摘するものに過ぎません。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3844919/#bib8
ただ問題があるとすれば、原発周辺で健康被害があるとする研究では、その放射能測定がなされていないことです。ある施設で測定された放射線量は非常に低く、健康被害を及ぼすほどではなかったという結果が報告されていますが、このような報告はやはり「内部被曝」に関する評価が無視されており、信用できません。
低線量放射線被曝の話を続けます。今回はよく議題に上がる、自然放射線について話をしておきたいと思います。ちなみに現行法令では「実効線量が同じであれば、自然のものも(原発由来のような)人工のものも人への影響は全く同じ」とされています。しかし実は一つだけ大きな違いがあります。それは、自然放射線はその8割方が「外部被曝」である(残り2割はカリウム40のα線による内部被曝)のに対し、原発における災害や現場労働者の場合に問題になるのは、体内に摂取された放射性物質由来の「内部被曝」によるものだということです。ただし、上記のことはあくまでも「自然科学」的な違いという話であり、「社会」的関係まで考えると、さらに違いが生じてきます。第一に、自然放射線は、我々が地球上に生きる限り不可避のものであるのに対し、人工放射線は人々の意思によって受けないで済む放射線であり、本来はないはずのものです。
第二に、自然放射線は一つの地方全体ではほぼ一様に存在する(地域による差はある)放射線ですが、人工放射線は例えば原子力施設の近隣住民に限って、平常時にも事故時にも近隣住民により多く押し付けられる(内部被曝する)ものだということです。近隣住民からすればいい迷惑のはずなのですが・・・。ちなみに、この原発近隣住民(敷地境界線)の放射線被曝は、「自然放射線の年間被曝量1mSvや一回あたりの医療放射線被曝(0.1〜1mSv)に比べると極微量である(0.05mSv)から全く問題がない」とされています。本当にそうでしょうか?
まず知っておくべきこととして、ある症状が現れることに対して、「これ以下であれば安全」という放射線量の閾値は存在しないということです。これは理論的にもそうであり、極微量放射線によってもがんや遺伝子異常などが発生することがわかっており、実験的にもその正しさが証明されています。また、いわゆる“許容量”というものは、「これ以下なら安全」という放射線量ではなく、放射線を浴びることによってその人が利益を受ける(例えばX線検査による骨折の確認など)ことが明白な場合に、総利益と放射線を浴びる損失とのバランスで決められる量であるということも知っておくべきことです。このような基本原則に則って考えれば、自然放射線より小さい放射線量なのだから無害であり安全だという根拠は全く成り立ちません。さらに、もちろん自然放射線であっても癌や遺伝障害を発生させていることが明らかにされていますし、人工放射線で増えた分はそのまま癌や遺伝障害を増加させます。
また、原発由来の放射線と医療放射線被曝とが比較されることも多いようですが、診断のためとはいえX線が有害であることを知りながら、それにより与えられる利益(骨折箇所がわかるなど)の方をとって、あえて放射線被曝を受けているわけで、それと比較して安全だ、無害だということは決して言えません。
しかも現在では過去のツイートでも取り上げたように、X線診断による健康影響が徐々にはっきりしてきたため、その乱用は慎むべきであるというのが医学界でのコンセンサスです(実際には日本の医療現場ではそれを無視して過剰診断が続けられていますが・・・)。自然放射線や医療用放射線被曝に限らず、どのような放射線であっても生命体にとっては有害であることが、今や明らかになっています。そして、生命は自然放射線の有害さと戦いながら、年間1mSvという放射線被曝量に対して耐性を身につけながら進化し続けてきたと考えるのが、むしろ自然です。
しかし、我々現代人は原発や原水爆実験、あるいは診断用X線検査などによって、外部被曝・内部被曝問わず、追加の放射線被曝を受けている状況です。このような追加の放射線被曝がどのような健康影響を及ぼすかは、被曝した人の体内環境に依存しています(だから正確に評価できない)。「放射線」という細胞レベル・分子レベルで有害であるものに対して、どんな低線量であろうが安全だ、とか無害だという無責任な独断論を振りかざすのは、学問や複雑系である生命に対する冒涜と言えるでしょう。「原子力安全信者」がいかに浅はかな連中かということを再確認していただければと思います。