放射線被曝による健康影響 パート4(2021年4月2日のtwitterより転載)
放射線被曝の種類について再度簡単に述べておくと、放射性物質が出した放射線(主にγ線)を体表(皮膚)から浴びるのが「外部被曝」であり、吸い込んだり食事から摂取したりして体内に侵入した放射性物質が出す放射線(主にα線やβ線)を体内から浴びるのが「内部被曝」でした。
この「内部被曝」について興味深い実験のいくつかをここでご紹介しましょう。
まず、コロンビア大学のヘイ博士らのグループが行った実験です。彼らは1つの細胞に標的を絞ってα線を照射できるシステムを開発し、α線が細胞質のみを通過する場合と、細胞質と核を通過するように照射する実験を行いました
その結果、α線が細胞質のみを通過した場合でも、細胞質と核を通過した場合でも、照射された細胞で突然変異頻度のレベルが有意に上がることが認められました。また同時に、その周囲の共培養されていた細胞も突然変異が起こることがわかりました。
https://academic.oup.com/rpd/article-abstract/99/1-4/227/1687780?redirectedFrom=fulltext
このように、放射線が照射された細胞のみならず、照射されなかった隣接する周囲の細胞まで変異する作用のことを「バイスタンダー効果」と言います。これはまるで放射線照射による影響が周囲の細胞に“感染”を起こしていくようなイメージです。このことも「内部被曝」が恐ろしいものである所以です。私たち人間も含めてあらゆる生命は自然界にあるものを取り込み、濃縮する(不要なものは排泄)という営みを行なっています。そして組織や臓器ごとに必要な物質が異なり(臓器特異性)、自然界の物質がたとえ知らぬ間に放射能に汚染されていても組織に取り込まれ、濃縮していきます。内部被曝においては、このようにして身体の各組織・臓器に取り込まれた放射性核種から放出されるα線やβ線といった、移動距離の短い放射線(低線量)が、狭い範囲で持続的に周囲の細胞に影響を及ぼすことになります。「ペトカウ効果」を考慮すれば、これがいかに恐ろしいことか分かるはずです。
以前にも述べた通り、これらの身体内部からの放射線(α線やβ線)は、外部被曝の観点で言えば単位時間あたりの放射線量は極めて低線量と言えるでしょう。しかし、放射能の微粒子が付着した周辺(極狭い範囲)に集中して、しかもその放射性微粒子がなくならない限り持続的に照射され続けます。これを「ホットスポット」と呼びます。この「ホットスポット」周辺にある細胞では、絶えず低線量放射線被曝が起こっている状態になり、ペトカウ効果による間接的な細胞膜破壊や遺伝子の直接的な傷害が起こり、さらに先述した「バイスタンダー効果」により周囲の細胞にも変異が起こります。
例えば、体内で取り込まれた放射能微粒子がストロンチウム90であった場合、主に骨に取り込まれます。その後この核種は骨髄でα線を出し続けるために、細胞分裂の盛んな骨髄中の造血幹細胞がダメージを受け、変異が増幅されるために、白血病やリンパ腫の原因になる可能性があります。
また、核種がヨウ素131であれば、甲状腺に取り込まれます。ヨウ素131は外部被曝では半減期8日とされていますが、10グラムのヨウ素131が体内に取り込まれたと仮定して換算すると、半減期の8日間の間に放出される放射線量は1Svになります。これはなんと年間放射線許容量の千倍にもなります。
福島原発事故後放出されたヨウ素131が甲状腺に留まり、持続的に内部被曝を引き起こしたことによって福島県内の小児甲状腺癌が増加した可能性があることが実際に示されています(岡大の津田先生の論文です)。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4820668/
これまで述べてきたように、「外部被曝」では低レベルの放射線量でも、「内部被曝」になると、途端に“低レベル”とは言えなくなるのです。「外部被曝」は体全体に満遍なく影響を与えやすいのに対し、「内部被曝」は“ホットスポット”で一極集中的に被曝するため、その健康影響は計り知れません。内部被曝における最も大きな問題は、「厳密な測定ができない」ことです。ホールボディカウンター(全身測定装置)を使用しても測定できる放射線種はγ線が主体なので、内部被曝の主体であるα線やβ線の正確な測定は全くできません。そのため、内部被曝の場合は、外部被曝と同様に正確に放射線被曝量を線量計算して、その測定値から健康被害・リスクを予測したり調査したりすることが極めて困難なのです。ですから単位のところでもお話しした通り、内部被曝は便宜的に外部被曝線量を数倍したものという仮定の下で扱われているのです。ですから、内部被曝の人体への影響は、その放射線被曝量が正確に測定できない(=定量化できない)ために、長期にわたる「疫学的な調査」によって、例えばガンなどの慢性病の発症率の増加などを統計的に評価するしかない状況になっています。
内部被曝に関する疫学的な調査として、2011年に発表されたチェルノブイリ原発事故後の被曝線量と甲状腺癌発症リスクの関係についてNCI(米国立ガン研究所)が行なった前向きコホート研究(健康な人が後に発生する疾患を確認する追跡調査)があります。
https://ehp.niehs.nih.gov/doi/full/10.1289/ehp.119-a306a
この研究は、1986年に起こったチェルノブイリ原発事故発生時に、原発に近接するウクライナ地方の3地域(キエフ、チェルニヒフ、ジトーミル)に在住していた当時18歳未満だった1万2500人を超える人々を対象に、甲状腺癌の増加が認められたかどうかを調査しています。結果としては、それまでで1万2500人中65人に甲状腺癌が見つかりました。これはチェルノブイリ原発事故により1.91倍リスクが増加しているというデータでした。事故から25年を経た時点でも、小児や青年期に放射性ヨウ素131に暴露された人では甲状腺癌リスクの低下傾向が認められないこともわかりました。
ちなみにヨウ素131で汚染された乳製品などの飲料水や食品を摂取したことによる内部被曝によって甲状腺癌が引き起こされます。この調査は事故現場付近の外部被曝の調査ではないため、この調査での甲状腺癌発症例の増加は、ヨウ素131による甲状腺内部被曝の影響である可能性が極めて高いと考えられます。また、すでに紹介済みですが、岡山大学公衆衛生教授の津田先生のグループによって、原発事故後に小児甲状腺癌が増加(20-50倍!!)していたことが、超一流の疫学専門雑誌である“Epidemiology”に報告されました。
さらに、ドイツの生物統計学者で、原発周辺の子どものがんの増加を証明した研究(KiKK研究:詳細紹介済み)に参加していたシュアブ博士を中心に、日本人研究者と共著で「福島原発事故後に汚染があった地域で周産期死亡が増加している」ことを示す研究結果が報告されています。甲状腺がんよりも、放射線障害として最も多くの人々に認識されているのが、生殖に関するものです。被ばくした胎児には、がんやその他の障害が生じます。胚細胞や胎児は放射線の障害を受けやすく、低線量でも大きな影響を受けます。卵子や精子も障害を受けることがわかっています。また、胎児が被ばくすると重要臓器が成長せず、死産したり出生後すぐに亡くなったりすることはよく知られた事実です。そして、今回の調査で分かった福島原発事後の周産期死亡増加は、周辺県でも起こっていることから事故による外部被曝ではなく、内部被曝の影響であるとしか考えられません。
以上、内部被曝による人体への影響について、今までに明らかになっている研究報告をまとめて紹介いたしました。もちろんこれらの研究結果をもって、内部被曝の影響がはっきりと分かった訳ではありません。今だにわからないことだらけなのが「内部被曝」なのです。しかし、これまでの疫学調査の結果は、原発周囲に漏れ出る放射性物質や原発事故後に放出された放射能粒子を体内に取り込み「内部被曝」が起こった結果だとしか考えられません。内部被曝の影響について否定的な見解をもっている方はぜひこのことについて再度確認していただければと思います。
これまでみてきた通り、低線量放射線被曝は、それが「外部被曝」であろうが、「内部被曝」であろうが、ガンなどの発症を引き起こし、人体に健康被害を及ぼす可能性が高いということがわかってきました(そしてそれはほぼ確実です)。ただし、福島原発事故の外部被曝による健康被害は、私たちは日常的に医療被曝などで外部被曝していることを考えても、それほど恐れるほどのことではなかったと言えるかもしれません。チェルノブイリの数十分の1程度の放射能漏れということが事実であれば、成人にはほとんど影響がないレベルだと言えます。しかし、やはり問題にすべきなのは「内部被曝」なのです。今でも処理しきれない放射性物質が土壌や海水を汚染し続けています。そして我々はそれを知らず知らずのうちに体内に摂取してしまっており、それが徐々に組織を蝕んでいる可能性があるのです。ですがそれは目に見えないし、正確に評価もできない。それにも関わらず、経産省を中心に原発推進政策をとっている日本政府は、これらの内部被曝の影響と考えられる健康被害をほとんど無視しているどころか、スクリーニング効果・過剰診断だとして小児甲状腺癌の増加(統計的に明らか)を否定したり、御用学者を用いてそのような論文に反する結果を発表したりと躍起になっています。原発推進派が内部被曝の影響を否定している根拠ははっきり言って曖昧です(というかただ無視しているだけ)。逆に内部被曝の影響があることを示す根拠は、これまでみてきた通りたくさんあります。それどころか、福島に限って言えば、原発推進派が放射線被曝の影響を闇に葬り去っているとしか思えない事例さえ認められています。
例えば、これは大阪大学保険学科放射線生物学教授である本行忠志先生も指摘されていることですが、「チェルノブイリと福島では被曝量が違いすぎる」ということがあります。どういうことかというと、チェルノブイリでは原発事故後のウクライナで13万人の子供の甲状腺被曝が直接計測されており、正確なデータが取られているのに対し、福島ではたった1088人のみの検査で、かつ空間線量用の簡易サーベイメーターでの計測でしかなかったというのです。これでは本行先生の言う通り、福島のデータが少な過ぎて逆に比較にならないお粗末なレベルです。
しかも、甲状腺被曝の直接計測を増やそうとした弘前大学に対して、なんと政府がその計測を中止するよう要請しており、正確なデータ収集を政府自らが妨害していたというのです。すなわち、原発事故後、ヨウ素131の半減期が短い(約8日)ために、本来ならできるだけ早期に直接計測が必要なはずの甲状腺被曝量が、他ならぬ日本政府によって永遠に計測不可能な状態にさせられ、正確なヨウ素の被曝線量と甲状腺癌発症の関係性が完全に闇に葬られることになったわけです。これはまさに「愚の骨頂」としか言えません。
また、ICRPという組織は、1950年代に設立された原子力産業(原発含む)を強力に推進するための組織であり、設立当初から内部被曝の影響を一貫して否定する立場をとっています。このICRPが作成しているリスクモデルにおいては、広島・長崎の線量推定基準を元に線量基準が定められていますが、それ自体に問題があることは専門家からも指摘されていますし、さらにICRPの疾患調査自体にも大きな問題があることも指摘されています。結局のところ、低線量被曝(特に内部被曝)による健康への影響を調べるための疫学調査は時間がかかる上に複雑であるにも関わらず、日本政府やICRPなどの原発推進勢力の介入によって、より困難な状況にさせられていることは疑いようのない事実です。
先ほど名前を挙げた放射線防護の専門家である本行先生は、小児甲状腺がん以外にも、チェルノブイリ原発事故後の調査などからわかったこととして、白血病・乳がん・その他の発がんについても自分の研究成果からも増加する可能性はあると仰っています。また本行先生は、がんだけでなく細胞レベル・遺伝子レベルで障害が起こることによる健康被害(脳血管系・呼吸器系・消化器系・代謝内分泌系・泌尿生殖器系・筋骨格系・皮膚の障害)は免れられないと仰っています。
やはり基本的には安全な放射線量などないことを肝に銘じ、一人一人放射能汚染に対する意識を高め、政府に頼れない以上それぞれに応じた対策を講じていくしかないと当院では考えています。放射線の影響は一人一人個人差が激しく、一概にリスクを数値化して決められるものではないのです。年齢・人種・集団・性別・遺伝子によって感受性が異なるし、特に内部被曝に関してはその影響は100倍もの差が出ると言われています。また、一人一人の環境因子によっても放射線の影響は強く左右されます。
例えば一定量放射線照射したマウスにストレスを加えると、副腎を介したストレス反応がより強まるなどが知られています。放射線の線量制限は最も感受性の高い子供たちを基準にすべきです。しかしながら、福島原発事故後の日本政府の対応はあまりにもお粗末で、福島に住む人たちや日本の未来を担うはずの子供たちを見捨てるような計画しかたてられていない。それどころか、さらなる原発安全神話を作り出し、地元住民に有無を言わせない原発推進政策を取ろうとしている。こんな日本には明るい未来などあるわけがない。原発事故後10年経つ今でも変わらず原発推進政策を推し進めようとしている日本政府のあり方をみて、強くそう思う今日この頃です。以上で低線量被曝に関する話は一旦終わりにします。
ついに2年後をめどに原発処理済み汚染水を海洋放出することが正式に決定されたようです。もうすでに海洋汚染は進んでいるので、今更汚染水が放出されたところで何がどうなるというわけでもないかもしれませんが、これを機により多くの人が考えるきっかけになればと思います
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA12CGP0S1A410C2000000/?n_cid=SNSTW005