政治に関わらない方が幸せになれる!? 2022年12月19日のX(旧twitter)より転載

今回は少し政治の話について、以前から私が書きたいと思っていたことをここで吐き出します。元も子もない話の連続で、人によっては読むに堪えないという話になるかもしれません。しかし、炎上覚悟で書いてみようと思いますので最後までお読みいただければ幸甚です。

まず大前提として、そもそも社会契約によって成り立つべき「国家」というもの自体が、支配者層・権力者層に乗っ取られた形になっており、国民を統べるために都合の良いシステムとして用いられてきたことを理解しておくべきです。その中で、国民を国家に縛り付けるための仕組みが開発されてきました。中央銀行で金を刷る仕組みも、その所有者(権力者)が金利を挟んで儲ける目的もありますが、国民に使用させてそれ無しには生きられなくさせるためでもありました。教育も権力者にとって都合の良い「洗脳」教育と化していますし、税金も個人資産の合法的収奪(泥棒)ですが、納めなければ罰せられます。このように、国家を運営していく上で必要である(と思い込まされている)仕組みも、全て国民を統制し、管理し、洗脳し、収奪するためのツールとして創られてきた側面があるのです。そのような意図があるにも関わらず、それを我々一般大衆は有り難がって利用しているのですから、皮肉な話ですね。

今回本題としている「政治」という仕組みさえも、権力者たちがそれぞれ役者(=政治家)を振り分け、その役者が国民に対して(政治を)真面目にやっているかのように装うための、いわば「上っ面」だけのものに過ぎません。すなわち、そもそも政治というもの自体が国民のためにある訳ではないのです。ただ、国家運営を司る政治家、すなわち国会議員(代議士)は、国民が投票する選挙で選ばれる形になっており、まるで国を動かす権利が我々一般市民一人一人の手の中にある、と勘違いしてしまうのも無理はありません。そして我々は「主権在民」や「民主主義」についても学校教育で教え込まれてきました。

しかしながら、残念なことにそれらは全て「幻想」に過ぎません。主権在民など全くの嘘っぱち(形だけ)ですし、真の民主主義など実際には存在していません(言葉のみが独り歩きしている)。もっと言うと、「三権分立」や「憲法」でさえ、今の日本においては形骸化しており、機能不全に陥っています。それは、不正選挙や特別会計の闇。「日米合同委員会」の闇やそれにまつわる日米安保条約(密約)を含めた国際条約法体系が憲法を上回る法体系として存在しているという事実。国民の知らぬ場所で顔も名前も知らぬ人が、重要な事柄を次々に決めていっているという事実などからも明らかでしょう。

今現在で言うと、すでに多くの人がご存知の通り、コロナ禍やワクチン禍における政府の対応などは見るも無惨な状況です。もちろんそれは多くの国民が望んでいない方向へ向かっていることは火を見るよりも明らかであり、そのことだけでも政府が国民の方を見て政治をしていないことが窺い知れるでしょう。このようなことからも、我々一般市民がいかに政治に関心を寄せたとしても選挙活動を行なったとしても、国家の根幹をなすシステムや世界の潮流あるいは日本の行末を変えることは本来不可能なのです。 例えば、我々一般大衆が政治に関心を持とうが持つまいが関係なく今後世界は大きく変革していきます。それが、世界経済フォーラムで示されているような超管理社会・超監視社会のようなディストピアに向かうのか、あるいはAIやロボットが人間の代わりに働き、人間は一人一人が神のような存在となるユートピアへ向かうのかについてはわかりませんが、いずれにせよ「グレートリセット」はもう間近です。

ですから、「政治」で何かを変えていこうというように考えるのではなく、そもそも今現在世界はどういう方向に向かっているのかということを俯瞰しながら、そこに向かって自分はどうしていくべきなのかということを考えながら自分軸で行動していくということが本当に大切なことだと私は思っています。さらに言えば(これは私がことさらに強調してみなさんにお伝えしたいことでもあるのですが)、「政治」が創られた箱庭の中での出来事であり決して国民のためのものではないとということだけでなく、一般大衆どうしを分断・分裂させる道具としても利用されてきたということも肝に銘じておくべきです。近年では米国の大統領選挙などは、その良い教訓となったのではないでしょうか。トランプVsヒラリー or バイデン、あるいは光の騎士であるトランプVsディープステイト(DS)という構図が作られ、トランプ支持のQアノンの中にも過激なグループが出てきて、より一層一般大衆どうしの分断が進みました。

以上のことから、私は政治に関わるだけ無駄と言うつもりもありませんが、そんな箱庭の世界で自分の大切な時間や金や労力を失うべきではない。それどころか政治に関わった結果として混乱と混沌に巻き込まれ、怒りや絶望感で波動を乱し、自分や周囲が不幸になることだけはなんとしても避けるべきです。政治家になったり政治に関わることで幸せを感じているならば、是非ともそうすれば良いと思います。しかしその逆に、怒りや悲しみや絶望感に打ちひしがれながらも、「なんとかしないと」という焦りや責任感・義務感から政治に関わろうとしている人は、一刻も早くそのようなことからは身をひくべきです。そんなことをしても自分の人生を台無しにし不幸にするだけで、何も変わりはしない。それどころか、余計に争いや戦いを生み出したり、周囲に負の波動を伝播させ、それに共鳴した人や干渉を受けた人までもを不幸にしてしまったりする可能性すらあります。それは悲劇でしかない(支配者からすれば喜劇)。デモや署名活動や選挙活動なども同様です。そうすることで自分自身が幸せを感じ、周囲にもプラスの波動を伝播できるのであればどんどんやるべきです。しかし多くの場合そうではないと思う。打倒すべきもの戦うべきものに対して自らの正義を掲げ、争いや負の連鎖を産むことにはなっていないでしょうか?

そういうことを言うと、「今戦わなければ何も変わらない」とか「社会のために、未来の子どもたちのために動いている人たちの足を引っ張るような言動をするな」などと言って反論してくる輩が必ず出てきますが、そういう人たちは好きにすれば良いと思いますし、そもそも相手にするつもりもありません。私が本当に関わりたいと思うのは、自分が箱庭社会の中で生きているということを理解し、その社会(マトリックスワールド)全体の構図や流れを俯瞰しながらも、まず自分や周囲の人間が幸せになるためにどうすれば良いかということを考えながら、どんな状況でも自分軸を貫いて生きていける人たちです。そういう人たちはどのような世の中であれ、誰とも争わず、誰とも戦わず、誰も憎まず、誰も恨まず、無駄に悲しまず怒らず、心穏やかに暮らしていくことができる人たちだと私は確信しています。そして私自身もそのような人間でありたいと常に願っていますし、そうあるよう努めています。

フォロワーの皆様におかれましても、この世の不条理や社会の混乱・混沌とした状況に対して、心乱されることも多々あるかとは思いますが、今後さらに著しく変化していくだろうこの社会の中で、できるだけ波動を乱さないよう、自分軸を保って生きるためにどうすれば良いかを考えていただければ幸甚です。

皆様にとってこのようなTweetが、少しでも何かの参考になれば幸いですし、何かしらの気づきを与えられるようであれば、これ以上の喜びはありません。 「自利即利他」の精神の下に。

P.S

誤解のないように述べておくと、政治家や議員に何も期待するなと言っている訳ではありません。個々の政治家や議員の中には優秀で、本当に一般市民のために動いてくれる方がいることも理解しています。彼らには何かあった時には頼って世話になれば良いし、選挙ではそういう人たちに投票すれば良い。ただ、例えば彼らがもし国会議員になったからと言って、政治で何かを根本的に変えるということは極めて困難というか、今のシステムの下ではおおよそ不可能です。ただ彼らの目の届く範囲内で動くことしかできないと思います。でもそれで良いのです。無理に何かを変えようとしなくて良い。それがわかった上で、謙虚にひたむきに一般市民に寄り添ってくれる政治家を選べば良い。むしろ逆に、「政治で世の中を変えるんだ!!」とか「社会を良くしていくために力を貸してください!!」などと言っている政治家には注意した方が良い。そもそもそんなことできっこないから。

政治家になるということは、幻想世界(=マトリックスワールド)の中の、さらに小さな箱庭社会の中で生きていくということに他ならないのです。それで社会を変えられると思うこと自体が間違いなのですよ。なぜなら先日述べた通り、政治自体が単なる支配者のための国家運営のツールに過ぎないからです。同じように、選挙に行ったからといって何か変わる訳でももちろんありません。それは、一般大衆の不満をガス抜きするための道具に過ぎないからです。多くの人がその選挙に時間と労力を使っていますが、はっきり言えばあまり意味のないことです。そんなことをする前にやるべきことはたくさんあるはず。そういうとまた、「選挙に行くのは大人の責任」とか「選挙に行かないことは現状を受け入れることに他ならない」とか言う人がいますが、私からすればこの幻想世界に対する「責任」って一体何?って感じですし、そういう固いことを言っている人ほど俯瞰して世の中を見ることができていないと思います。先日も述べた通り、政治に関わることで幸せになれるなら良いですが、そうでないなら一旦そこからは身をひいて、もう一度社会全体を見回してみて、本当に自分を必要としている人や自分がいるべき場と繋がって生きていく方がよほど幸せに生きていけると私は確信しています。

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