生気論と治療者の心得について(2022年3月30日のtwitterより転載)
今日は院長である私自身が日常診療において最も重要視していることをここでお伝えしたいと思います。これは主に医療従事者や治療家の方に向けた話になるかもしれませんが、興味ある方はお読みください。
みなさんは、「生気論(ヴァイタリズム)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?これは古代ギリシャから伝わる生命観が元になっている思想であり、「生命には物理化学法則では説明できない特別な力がある」と考え、霊的な存在=“魂”や、スピリチュアルな生命の“神秘”を重要視する考え方です。
例えば古代ギリシャの生気論においては、魂=プネウマ(pneuma)やプシュケー(psykhē)が身体を動かすもとをなすと考えられ、ヒポクラテスの「四体液説(Humorism)」に代表されるように、「適切な環境に身をおけば、体内の調和が保たれあらゆる病気は自然治癒に至る」と考えられてきました。
古代ギリシャの哲学者・万学の父であり、プラトンの弟子としても知られているアリストテレスは、生命活動が具現化されたものを“魂=anima(アニマ)”、生命(肉体)の発生に必要なものを“エンテレケイア”と呼び、その後に伝わる「生気論」の源流を形作りました。
この古代ギリシャの「生気論」の概念においては、生活習慣・環境の悪化こそが病気の原因と考えられ、自然治癒と疾患の予防を重視する中国医学・アーユルヴェーダ・ユナニ医学(世界三大伝統医学)などに継承されていきました。当院でもベースとしている漢方医学もこの流れの中にあるということです。
また、古代インドのヴェーダ時代に、ヴェーダ(古代インドの宗教書物)の奥義書とされた「ウパニシャッド」においては、梵(=宇宙、ブラフマン)と我(=個人、アートマン)は同一のものとして捉える(梵我一如)ことで悟りに達すると考えられていました。これは究極の「生気論的」一元論と言えます。
この生気論的古代哲学思想を物理科学的な発見と共に現代に翻訳したのが、ヴァイタリストの本家本元として知られるハンス・ドリーシュという科学者でした。彼はウニの発生の研究から、一つのウニ卵に全体の調整能力があることを発見し、動物は調和した全体として発生すると考えました。
ドリーシュ博士は、1899年に“Dynamic teleology(動的目的論)”を提唱し、1909年に「有機体の哲学」において、“調和等能系”と“エンテレヒー”の概念を提唱するに至ります。“調和等能系”とは、ある発生系において材料を変化させても常に完全態になるシステムのことで、“エンテレヒー”とは、“調和等能系”に対する作用因子(Factor)のことです。ドリーシュは、「非エネルギー的な力である“エンテレヒー”が物理化学的プロセスに作用する」ことを強調し、生命体の営み(発生など)は、本質的に物理化学法則では説明できない「非決定論的」なものだと考えました。
さらに、このドリーシュの唱えた仮説にさらに理論付けを行い「形態形成場の理論」を提唱したのが、イギリスの生物学者ルパート・シェルドレイク博士です。彼はかの権威ある科学雑誌“Nature”をして「今世紀最大の焚書に値する」とまで言わしめた、「A New Science of Life」の著書としても知られます。
著書中でシェルドレイク博士は、「あらゆるシステムにおける形態形成は、時間・空間を超えて“共鳴”が起こる」とする“形態形成場の理論(morphogenetic field theory)”を提唱しました。ドリーシュの“エンテレヒー”についても著書の中で言及し、生命現象は物理化学法則では説明できないと考えました。
そして実際に、すでに何十年も前から生命の複雑系(complex system)を扱う学問である「非線形科学」が勃興してきました。これは、生命現象をこれまでの「要素還元主義」的な物理化学法則で説明することは困難(というか不可能)であるということが徐々にわかってきたからに他なりません。
すなわち、現代医学の礎となっている要素還元主義(詳細は後日)では、複雑系である生命現象を広く捉えることはできず、従ってそこから導かれる治療理論では根本治療にはなり得ないどころか、薬剤投与などによりダイナミックな生命現象を阻害し、全体のバランスを崩すことになりかねないということです。
ですから現代医療の対症療法は、症状を改善する代わりに複雑系である生命全体のバランス(=ホメオスタシス)を狂わせ、根本治療を困難にしてしまうこともあるのです。「癌」を例に取るならば、標準治療により癌が縮小したとして、それは必ずしも患者の身体全体を良くしていることを意味しません。
それどころか手術・抗がん剤・放射線などの攻撃的治療により、正常細胞・組織までもがダメージを受け、より一層癌の増悪(悪性化)を促すことにも繋がる可能性があるのです。そう考えれば、癌が縮小することをもって効果判定をしている臨床論文にはどこまで意味があるのか?甚だ疑問です。
それでは我々治療家・臨床家にとって、特に慢性疾患を根本治療に導こうとした場合、最も重要なこととは何でしょうか?もちろん「根本治療できる」ということを知っておくことは大前提です。例えば「癌は治せない」と思っている治療家にかかっても、患者が癌を治すことができるはずもありません。
そして、私が患者の疾患を根本治療に導く上で最も重要だと思っていることとは、やはり古代ギリシャ時代から提唱されてきた「生気論的生命観」を参考にし、生命は複雑系であることを肝に銘じた上で、「全体の調和(バランス、ホメオスタシス)」が乱れないような治療を提案していくということです。
そのためには、あくまでも自分の身体を最も知っている(はずの)患者が主体となるべきであって、我々治療家は常に患者の“ヘルパー”に徹するべきだということ、そしてできる限り害を与えることなく、患者が自分で病気を治すように指導しつつ、栄養や環境を整えることで病を治す方向へ導いていくこと。
これらができる人こそが真の治療家であり真の臨床家であると私は思っていますし、私自身そうありたいと常に思いながら患者の治療に臨んでいます。
他の治療家・臨床家の方にもこのことをぜひ理解してもらいたいですし、フォロワーの方にはそのような治療家・臨床家を見つけて欲しいと思います。
最後に一言。
「生気論者である必要はないが、患者のヘルパーであるために、生気論的生命観は必要である」
肝に銘じておいていただければ幸甚です。
それでは皆様、おやすみなさい