動脈硬化の予防と「コレステロール仮説」について4(facebookより転載 2019-11-19)
さて、前々回は「飽和脂肪酸の特徴」について、前回は「コレステロール仮説の誕生秘話」について述べました。
そして今日からは、「コレステロール仮説を切る」シリーズの第3弾としまして、「善玉と悪玉のコレステロール」について述べていきたいと思ます。
”コレステロール”という物質についての詳細はあまり知らない人でも、きっと「コレステロールには”悪玉”と”善玉”がある」という話はどこかで聞いたことがあるでしょう。
実はまさにこの言説こそが、「コレステロール仮説」以上にデタラメな神話であり、人間の頭の中で作り出した”ファンタジー(=空想の世界)”なのだということをこれからお話ししていきたいと思います。
今日は、「悪玉と善玉のコレステロール」に関する詳しい話をする前に、一度コレステロールいついておさらいをしておきたいと思います。
● コレステロールについてのおさらい
コレステロール(Cholesterol)は、生化学的には誘導脂質であるステロイドに分類され、その中でも“ステロール”というサブグループに分類される疎水性の高い化合物です。コレステロールは、動物細胞の生体膜(細胞膜)において非常に重要な構成要素であり、生体内での様々な代謝やシグナル伝達、物質輸送などの生命現象に関わっている必要不可欠な化合物です。コレステロールは基本的には全ての組織で産生できますが、主な産生組織は肝臓・腸管・副腎皮質・生殖器です。コレステロールの炭素原子は、その全てがミトコンドリアで産生されるアセチルCoAという物質に由来しますが、コレステロール自体は細胞質で合成されます。コレステロール合成の律速段階は、ヒドロキシメチルグルタリルCoA(HMG-CoA)からメバロン酸を生成するHMG-CoA還元酵素(HMG-CoA reductase)という酵素によって制御されています。この酵素を競合的に阻害し、コレステロール合成を抑制する薬剤が、メバスタチンを代表とするスタチン系薬ですが、当院ではこれは遺伝的に高コレステロールになってしまう家族性高コレステロール血症以外の高コレステロール患者には使用すべきではない薬剤と考えています(詳細は以前の記事参照)。
また、コレステロールの分解に関しては、生体内でコレステロールが完全にCO2とH2Oにまで完全に分解されることはなく、環状構造が保たれたまま胆汁酸塩に変換されて腸管に分泌されるか、もしくはコレステロールのままの形で胆汁中へ分泌されて体外に排出されます。
● 善玉と悪玉のコレステロール!?
さて、臨床現場では、コレステロールにはLDLコレステロールという“悪玉”コレステロールと、HDLコレステロールという“善玉”コレステロールがあると言われ、検査の結果、悪玉であるLDLコレステロールが高かった場合、たいていコレステロールを下げるための食事指導とともに、スタチン系薬が投与され、コレステロールを下げなければならないと指導されます。しかし、実際はコレステロールに”悪玉“や”善玉“があるわけではなく、コレステロールを体内輸送する際に必要な「リポタンパク質」という運搬タンパク質に種類があるだけの話です。ここではこの「リポタンパク質」について以下で簡単に述べておきます。
我々人間を含めた高等動物においては、体内で血液に不溶性のコレステロールが単独で輸送されることは決してありません。コレステロールは、トリグリセリドなど他の脂質と共に「リポタンパク質」という運び屋と結びついて運ばれます。つまり、水にほとんど溶けないコレステロールを全身に運ぶために、リポタンパク質がミセルを形成し、コレステロール(やトリグリセリド)をタンパク質内部に収納する形で輸送している、ということです。この体内でのコレステロール輸送に関わる「リポタンパク質」は、その比重や大きさによって分類されており、カイロミクロン(Chylomicron)・超低密度リポタンパク質(Very Law Density Lipoprotein: VLDL)・中間密度リポタンパク質(Intermediate Density Lipoprotein: IDL)・低密度リポタンパク質(Law Density Lipoprotein: LDL)・高密度リポタンパク質(High Density Lipoprotein: HDL)の5種類が存在しています。このうち皆さんがちゃんと覚える必要があるとすれば、”カイロミクロン“と”HDL“と”LDL“だけで十分でしょう。なぜなら、コレステロールの輸送は、胆汁酸によって腸管からカイロミクロンと共に肝臓へ送られる「腸肝循環系」と、HDLやLDLと共に肝臓から抹消へ運ばれる「肝末梢循環系」とに大別されるからです。カイロミクロンは、リポタンパク質の総量の大半を占めており、主に小腸粘膜と肝臓の間で脂質を輸送します(=腸肝循環系)。カイロミクロンは、主にトリグリセリドとコレステロールを肝臓に輸送し、肝臓でトリグリセリドと一部のコレステロールが放出されます。そして、カイロミクロン粒子自体は、肝臓でLDL粒子へと変換されて、肝臓から末梢組織へとコレステロール(とトリグリセリド)を輸送していきます。一方で、もう一つのリポタンパク質複合体であるHDL粒子は、コレステロールを末梢組織から肝臓に逆輸送し、肝臓で代謝させる働きを持っています。すなわち、肝臓から末梢へのコレステロール輸送はLDLが担当し、抹消から肝臓へのコレステロール輸送はHDLが担当しているということです(=肝末梢循環系)。この違いにより、LDLコレステロール=悪玉、HDLコレステロール=善玉という分類がされるようになりましたが、先述した通り、決して”悪玉“や”善玉“のコレステロールがあるわけではありません。詳細は後日述べますが、ここではコレステロールの運び屋であるリポタンパク質の種類により役割が分化しているのだ、ということさえ理解しておいていただけたら十分だと思います。
本日は以上です。
次回は「悪玉コレステロールと善玉コレステロール」という概念が誕生した歴史を振り返ってみたいと思います。