「必須脂肪酸を切る」シリーズ パート3(facebookより転載 2019-12-20)
本日のメインテーマは「必須脂肪酸誕生秘話」です。また「コレステロール仮説」の時にもしたように、歴史的な流れを検証してみたいと思います。
“必須脂肪酸”誕生秘話
● 20世紀初頭の常識=「脂質は必須栄養素ではない」!?
脂質は、今でこそ糖質・タンパク質とともに3大栄養素としての地位を確固たるものとしています。しかしながら、19世紀末には体内で脂肪酸(飽和脂肪酸)が炭水化物から合成できることが既に知られていました。また、当時(19C末〜20C初頭)の技術では、脂肪を食餌中から完全には除去することができなかったのですが、そうした不完全な技術を用いた脂肪除去食(若干脂肪が混入している)を与えられたラットでの実験で何も問題が起こらなかったため、「脂肪は、脂溶性ビタミンの吸収のために必要な最小限の分量を食事から摂取すれば問題ない」と結論づけられました(J.Biol.Chem.1912;12:81-89, J.Biol.Chem.1920;45:145-152)。それらの研究を主導したトマス・オズボーンや、ラファイエット・メンデルという研究者らは、当時国際的に著名な生化学者や栄養学者として名を馳せていたため、他の多くの研究者や専門家らもその研究結果を支持しました。すなわち、1920年代には、脂質は必ずしも積極的に摂取する必要がない、まさに“摂るに足らない”栄養素だと考えられていたのです。
● ”必須“脂肪酸の誕生 〜バーたちの実験と主張〜
このオズボーンやメンデルといった、当時の脂質の専門家たちの考え(脂質は摂るに足らない栄養素という考え)を覆させた人物こそ、当時ミネソタ大学の植物生物学の助教をしていたジョージ・バー(George Burr)という人でした。彼は、1929年に妻であるミルドレッド・バーとともに、脂肪を完全除去する技術を用いた脂肪除去食によって、ラットが慢性的な皮膚炎症状などを呈することを発見しました。さらに、オメガ6系の多価不飽和脂肪酸であるリノール酸(18:2, ω-6)を与えることで、その欠乏症状が回復することを確認し、リノール酸を”必須“脂肪酸として位置付ける内容の論文を発表しました(J.Biol.Chem.1929;82:345-367)。さらに、バー夫妻は後々の実験で、リノール酸だけでなく、オメガ-3系脂肪酸であるαリノレン酸(C18:3, ω-3)もラット体内で生合成されないことを発見し、これも”必須“脂肪酸であるという考えを世界で初めて提唱しました(J.Biol.Chem.1931;91:525-539)。バーらのこれらの主張は、当初(1930年代)は先述したオズボーンやメンデルらの影響がまだ残っていたため、主要な学会などには受け入れられませんでした。しかし、追加実験などで再現性が確認されるにつれて、1940年代には徐々に認められるようになりました。その後、実際にヒトでもオメガ6のリノール酸のように、体内で合成できない脂肪酸(=必須脂肪酸)があることが確認され、それらを摂取しないと欠乏症になる、ということが広く信じられるようになっていきました(J.Gen.Physiol.1974;63:305-23, J.Lipid.Res.2015;56:11-21)。
● バーの実験に対する疑義 〜オメガ6欠乏症=ビタミン不足!?〜
ところが、後年になってこれらのバーたちの主張は、とんでもない誤りであった可能性が明らかになりました。バーらが行った実験と同様に、ラットにオメガ6やオメガ3といった多価不飽和脂肪酸(プーファ)が含有されていない食餌を与えていても、ビタミンB6や亜鉛などのビタミンやミネラルを補充してやれば、バーらの実験系でラットに認められていた皮膚炎などの炎症症状が治ったからです。つまり、バーらの一連の実験において、必須脂肪酸の欠乏によると思われていたラットの症状は、実はビタミンB6や亜鉛などのミネラルや微量元素が不足することによって起こっていた可能性があるということです。(Arch.Biochem.Biophys.1959;83:564-5, Proc.Soc.Exper.Biol.&Med.1939;42:738, J.Nutr.1942;2-4:3, J.Biol.Chem.1940;132:539-551, JAMA.1961;175:389-391, Prog.Chem.Fats.Lipids.1971;9:607-682)。これも後に詳しく説明しますが、実は多価不飽和脂肪酸(プーファ)は、直接的・間接的にミトコンドリアでの糖のエネルギー代謝(糖の完全燃焼)を低下させる作用があります。ですから、多価不飽和脂肪酸を除去したプーファフリーの食事にすると、糖のエネルギー代謝が高まり、この代謝に必要なビタミンやミネラルが不足しがちになってきます。実は、これがまさにバーたちの実験で用いられたラットで起こっていた欠乏症の正体なのではないか、ということです。このバーらの研究にまつわる実験系の詳細や、必須脂肪酸の欠乏によると思われていたラットの症状とビタミンやミネラルなどの欠乏との関係性についての詳細に関して、これ以上はここでは触れませんが、もしもっと深く知りたいという方がいらっしゃれば、クリストファー・マスタージョン(Chris Masterjohn)という若い栄養学の博士が、詳細をまとめた記事を書いていらっしゃるので、ぜひそれを参考にしてください(Precious Yet Perilous.2010 by Christopher Masterjohn)。
● ビジネスから産まれた「必須脂肪酸」
しかしながら、このバーたちが導き出した「多価不飽和脂肪酸(プーファ)=必須脂肪酸」という(間違った)結論に飛びついたのが、当時から政府に対して強い影響力を持っていた植物油脂業界や魚油産業でした。植物油脂や魚油は、何百年もの間ランプやろうそく・キャンドルの燃料、あるいは塗料のニスやワックスとして使用されてきました。先述したように、多価不飽和脂肪酸(プーファ)は二重結合の数が多く、酸化されやすいため、乾きやすいという性質があるからです(詳細は後述)。ところが、徐々に安価な石油製品や電気製品が開発されるにつれて、植物油脂や魚油などが人々の日常生活で使われなくなってきました。そこで、行き場をなくした植物油脂産業・魚油産業が次のビジネスの場として選択したのが、まさにバーらの研究結果を利用した「必須脂肪酸」産業だったというわけです。すなわち、医薬業界(製薬メーカー)や各種研究機関(大学や研究所)や政府(米国農務省・FDA、日本の場合は厚労省)を利用して、「多価不飽和脂肪酸(プーファ)は必須の栄養素である」、あるいは「飽和脂肪酸は身体に悪い(=飽和脂肪酸悪玉説、前章で詳述しました)」ということを国民の頭の中に刷り込み、自分たちが作る植物油脂や魚油を人々の食生活を含めたライフスタイルの中に浸透させる、ということです。
このようにして、バーらの出した結論、すなわちオメガ6やオメガ3などの「多価不飽和脂肪酸=必須脂肪酸である」という学説が、実は正しいとは全く言えないにも関わらず、医学常識・健康常識として世に蔓延ることになったのです。前章で述べたように、米国の属国であるここ日本でも、米国に遅れる形ではありましたが、戦後間もなくサラダ油(オメガ6)などの植物油脂を調理油とした給食が提供され始め、一般家庭にも多価不飽和脂肪酸(プーファ)が急速に普及していくこととなったのです。そして我々は、前章で詳細に取り上げた「飽和脂肪酸悪玉説」とも相まって、「飽和脂肪酸は身体に悪い」、「オメガ-6やオメガ-3などの多価不飽和脂肪酸は必須脂肪酸である」というプロパガンダ・洗脳から今でも抜け出せずに、毎日のように多価不飽和脂肪酸(プーファ)を摂取し続けているのです。このことは、欧米の識者の間では、「プーファ共謀説(the polyunsaturated fat conspiracy)」として知られています。
以上、必須脂肪酸誕生の歴史を振り返ってきましたが、まさに食品・医薬・健康業界にとって”必須“の栄養素である、と言っても過言ではないこの多価不飽和脂肪酸(プーファ)という物質が、本当はどのようなものなのか、について次項からその本質に迫っていくことにしましょう。