「湿潤療法」とは?

創傷や熱傷、褥瘡、その他の皮膚潰瘍に対し、創面を湿潤環境に保つことのできる被覆材(ドレッシングフォーム)を使用することにより、創傷を早く、綺麗に、痛みなく治せる優れた治療法のことです。従来の創傷治療は”消毒をしてガーゼを当てて傷口を乾燥させる”という方法が広く標準治療として用いられてきましたが、その創傷治療の概念(パラダイム)を覆す治療法として近年注目を集めています。日本での創始者は形成外科医の夏井睦(なついまこと)先生です。2001年頃より新しい創傷治療として急速に日本の医療現場でも普及するようになりました。海外では“Moist Wound Healing(MWH)”という名称で、すでに広く普及しています。

従来の創傷治療について

傷口を「消毒して乾燥する」という従来の創傷治療は、偉大な細菌学者であったロベルト・コッホが、19世紀半ばに傷の化膿が細菌の繁殖によって起こることを発見したことから始まりました。傷口を化膿させる細菌が“悪”と決めつけられ、化膿させないためには消毒(当時は抗生物質はまだなかった)して細菌を殺し、細菌が繁殖しにくい乾燥環境にしてやることこそが正しい創傷治療だと長らく信じ込まれてきたわけです。しかし、近年の様々な研究から、傷口を消毒して乾燥環境に置いてやるということは、実は傷の自然治癒をむしろ邪魔しているということがわかってきました。特に消毒薬はアルコール・ヨード剤・次亜塩素酸など多種のものがありますが、これらは全て、化膿の原因となる細菌よりもむしろ創面の細胞をより障害してしまうばかりか、正常な皮膚細胞までもを障害してしまう存在であることが明らかになってきており、消毒薬を一切置かない医療機関も出現してきています。

当院での湿潤治療について

特にアトピー性皮膚炎の患者はそもそも皮膚のバリアー機能が失われており、痒みが強く、擦過傷ができやすい状態です。さらに皮膚のpH環境の変化(弱酸性→アルカリ性)により黄色ブドウ球菌が増殖しやすい状態になっているため、感染が起こりやすいとされています。
しかしながら、このような状態の皮膚であっても、湿潤環境に置いてやることで、細胞再生能力が向上し、成長因子や組織修復因子の分泌が促され、また感染自体も非閉鎖環境(=乾燥環境)においてやった方が起こりやすいことが、様々な論文により報告されています。さらに、アトピー性皮膚炎のようなバリアー機構が崩れている皮膚に消毒をすると、余計に皮膚の場が異常になり創傷治癒が妨げられる、というような報告もあります。つまり、消毒をせずに湿潤環境に置いてやった方が、感染も起こりにくく、かつ創傷治癒が促進される、ということが様々な論文により示されているということです。
このようなことから、当院では重症のアトピー性皮膚炎の方の擦過傷などであっても、湿潤療法を推奨しています。ただし、湿潤療法をしたことにより痒みが増してしまい、余計掻いてしまって傷が増える、というのでは本末転倒ですから、そのような場合には直ぐに中止するように指導しています。

当院が勧める湿潤療法について

当院が勧める湿潤療法のやり方は、ハイドロコロイドやプラスモイストといったドレッシング材(被覆材)を用いるやり方です。以下に手順を示しましたので、参考にしてください。
 1.創面のデブリドマン
   まず創面を綺麗に水(水道水で可)で洗い流す
 2.創面の水分を拭き取る
   水で洗い流した後、創面に残っている水分をタオルなどで拭き取る
 3.ドレッシング材で創面を覆う
   プラスモイストを用いる場合は、先にプラスモイストを適度な大きさ(創面を覆える大き
   さ)に切り取り、プラスモイストで創面を覆ってからハイドロコロイドを適度な大きさに
   切り取って貼る。プラスモイストを用いない場合は、ハイドロコロイドのみを貼る。
 4.12〜24時間後に被覆材を剥がし、傷が治っていなければ再度1〜3を繰り返す
 *湿潤療法ができるのなら、市販のキズパワーパッドなどでも構いませんが、ラップ療法はあ
  まりお勧めできません。わからない場合は院長やスタッフに相談してください。

参考文献

1.傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学(光文社新書) 夏井睦
2.Effect of silver on burn wound infection control and healing: Review of the literature, Burns; 33(2),139-148, 2007
3.Atiyeh, B.S. et al. Current Pharmaceutical Biotechnology, 3(3),179-195, 2002.
4.Overview of wound healing in a moist environment, The American Journal of Surgery; 167(1) Suppl 2-6, 1994
5.Moist Wound Healing: Past and Present. Wound Care Canada. 10(2), 12-19, 2010
6.Wound bed preparation: a systematic approach to wound management. Wound Repair Regen. 2003;11:S1-S28
7.Wound Exudate and the Role of Dressings. A Consensus Document. London: MEP Ltd; 2007.
8.Occlusive dressings: a microbiologic and clinical review. Am J Infect Control. 1990;18:257-268.