引用元(原著論文)明示の必要性について(facebookより転載 2019-12-20)

さて、ご存知の方も多いかと思いますが、私は免疫学の基礎研究専攻で今年の4月まで博士課程に進学していました。大学院に入学してから科学者の端くれとして、何か情報を集める時には必ず過去の文献まで遡って調べ上げ、必要なら原著論文の元データまでチェックするというやり方を貫くことを徹底して教え込まれました。
週に一度ラボのメンバー全員とディスカッションする場が与えられていましたが、その時に提示するデータを過去の論文のデータと比較しなければならないことが多く、どの論文のどこに載っていたデータと比較しているのかをメンバー全員が理解できるように明示しなければなりませんでした。その際に、過去の論文データと自分のデータを見比べ、批判的に吟味することが常に要求されました。

そのせい(おかげ??)か、当院の院長となった現在でも、日常業務(患者の診察)の傍、医学常識や健康常識は常に批判的に吟味するようになり、わからないことは過去の原著論文まで遡って調べ上げ、怪しい部分や疑問を感じる部分はその論文のディスカッションや元データをできるだけチェックするようにしています。
そして、それらを元に自分が患者に情報を提供する場合は、必ずその情報の引用元(原著論文であることが多い)を明示しております。
なぜなら、そのような情報の引用元が明示されていれば、自分の書く文章や発言内容に信ぴょう性が増しますし、たとえそれが間違っていた場合、どこがどう間違っていたのかを明示できることにもつながるからです。

逆に言えば、そのような作業を常にしている私にとっては、引用元(特に原著論文)が明示されていないような文章は読むに値しません。

参考文献が明示されているかどうかは、世の中に垂れ流されている医学情報や健康常識だけでなく、独自の理論で治療されている臨床家が果たして本当に正しい情報を提示しているのか、ということの明確な基準ともなります。
いくら難しい言葉が書き連ねられており、複雑で難解な専門用語が乱用されている文章であったとしても、引用文献が明らかでないものは、信用に値しません。つまり、そのような文章には根拠がなく(信ぴょう性がなく)、「誰かが勝手に書いた」だけと判断されるのです。

そして、厳しい言い方にはなりますが、そのような根拠に乏しい話を信じる、というのは極端に言えば「宗教」を信じるようなものです。決して「科学(Science)」的な態度とは言えません。

例えば、「アトピー・アレルギーの原因は化学物質である」と主張している人がいたとして、果たしてその根拠は??と問われた時に、その根拠が明示してある文章や論文をきっちり明示できるかどうかが重要です。それができないのにそう主張しているとしたら、それはあくまでも「その人個人の一意見」ということになってしまい、残念ながら科学的な根拠に乏しい話として聞き流す以外の選択肢はあり得ません。それを信じるというのは、その人を教祖とした宗教を信じるということに他ならないからです。

当院に通院している患者には、ぜひこのことをきっちり認識しておいて欲しいと強く願います。

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