放射線被曝による健康影響 パート3(2021年4月1日のtwitterより転載)

さて、低線量放射線(内部)被曝を語る上で非常に重要な「ペトカウ効果」について触れておきましょう。ちなみに「ペトカウ効果」とは簡単に言えば、「長期にわたる低線量被曝の方が、短時間の高線量被曝よりも人体に与える影響は大きい」というものです。

1972年にカナダ原子力公社のホワイトシェル研究所で、アブラム・ペトカウ博士が、全くの偶然からノーベル賞級の発見をしました。

https://cdnsciencepub.com/doi/10.1139/v71-196

ペトカウ博士は、細胞膜に似たリン脂質の人工膜に水中で放射線を照射したところ、長時間照射した場合、X線撮影のような瞬間的な短時間照射の時よりもはるかに低い放射線量で細胞膜(人工リン脂質膜)を破壊できる、ということを発見しました。「ペトカウ効果」が実験的に引き起こされたわけです。ペトカウ博士の発見についてもう少し詳しくみておきましょう。まず、細胞膜を破壊するためにはX線装置だと毎分260mSvで、全量35Svもの高線量放射線照射が必要でした。一方水に溶かした放射性食塩(22Na+)だと毎分0.01mSvという低線量で長時間照射すると、全量わずか7mSvで細胞膜が破壊されたのです。つまり低線量照射の場合、高線量照射の場合と比べて細胞膜を破壊するのに必要な放射線量は、全量で35,000mSv÷7mSv=5,000倍も少なくて良いという結果が得られたのです。これは何度やっても同じ結果で、照射時間を長くすればするほど、細胞膜破壊に必要な総線量は少なく済むことがわかりました。

これらの実験結果は、低線量で慢性的な放射線被曝は、高線量で短時間の放射線被曝よりも細胞レベルでの影響がはるかに大きいということを意味しています。これは当時から既に知られていた放射線の細胞核中の遺伝的影響とは全く相反するものだったために、革新的な新発見だったと言えるでしょう。細胞核における放射線影響は、短時間照射でも長時間照射でも、その遺伝的な影響はほとんど違いがなかったか、むしろ一般的には、長期にわたる放射線被曝の場合にその影響は少ないことが知られていました。つまり、Sv当たりの放射線影響は、低線量でも高線量でも一定だと信じられていたのです。

細胞核の中では、遺伝情報を運ぶDNAが、放射線の衝突により直接損傷を受けることが長い間知られてきました。一方で細胞膜の場合は、ペトカウが発見したように、全く異なるメカニズムで間接的な損傷が与えられることがわかってきました(詳細なメカニズムの説明は割愛)。このペトカウ博士の実験結果(ペトカウ効果)は再現性があり、実際に生体組織でも引き起こされることが示されています。実際の微生物の生きている細胞でペトカウ効果が確かめられています。

https://cdnsciencepub.com/doi/10.1139/m74-049

また、骨髄のストロンチウム90の濃度が、低ければ低いほど、骨に対するmGy当たりの損傷が大きいことがラットで示されています。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/5748432/

カリフォルニア大学で行われた職業被爆者から採血した血液細胞で行われた調査で、非被爆者に比べて被爆者の血液細胞の細胞膜は浸透性が高く、深刻な放射線障害を受けやすいことがわかりました⬇️

https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/00039896.1973.10666224

ハムスターを用いた実験では、高線量時と比べて低線量放射線被曝(ポロニウムによる内部被曝)で、Gy当たりにより大きな影響を観察することができました。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1124396/

さらに、「ペトカウ効果」は人間でも立証されています。米国の放射線物理学者であったスターングラス博士は、実際に短時間の高線量被曝より、慢性的な被曝を引き起こす低線量の“死の灰”や原発からの放射性物質の方が問題になることを1974年に報告しました(Sternglass 1974. Dep. of Radiology)。ペトカウ効果およびスターングラス博士の研究によれば、死の灰や原発から放出される放射性物質からの微量で長期にわたる被曝線量は、高線量における何千回もの動物実験で経験されていた影響よりも100倍も1000倍も危険であることが指摘されています。他にも、ワシントン州のハンフォード・プルトニウム工場の労働者は、最小限の低線量被曝であったにも関わらず、高いガンの発生率が認められたこと1977年に報告され、研究者らは労働者の被曝の最大許容線量を20倍引き下げるよう勧告しています。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/591314/

上記研究と同様の結果が、ニューハンプシャー州のポーツマスで、原子力潜水艦の修理をしていた米国海軍造船所の被曝労働者の調査で得られています。ちなみに、白血病の発病率は非被曝労働者より5.6倍高いという結果でした。

https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(78)90741-9/fulltext

他にも多くの研究により、この「ペトカウ効果」が生体内でも引き起こされること、そして長期にわたる低線量被曝が人体にも大きな健康被害を与え得ることが示され続けてきました。彼らの調査によれば、低線量の自然放射線・死の灰・原発からの放射性物質が、細胞膜に明らかに検出できる損傷を与えます。このように、低線量放射線被曝は、最終的には予想もされなかった疾患を引き起こすのです。これは何も“ガン”に限った話ではなく、感染症・心臓血管疾患・甲状腺疾患・糖尿病などの生活習慣病・アレルギーや自己免疫疾患といった免疫関連の病気、そしてさらには精神疾患にも結びつく可能性があるのです。先に挙げたスターングラス博士は、低線量内部被曝の最も深刻な影響の一つは、母親の胎内で胎児が冒されることによる免疫不全であると述べています。そのことは、生後何年も経って子供が深刻な感染症に襲われるまで気づかれない可能性があると彼は考えています。そして、もし骨髄にストロンチウム90のような同位元素による放射能の影響が及ぼされた場合、免疫不全が引き起こされ、アレルギーや自己免疫疾患、深刻な感染症やガンによる死を引き起こすかもしれません。実はこれがAIDsの真の原因だと考えている研究者もいるくらいです。

それではここからは、実際の低線量被曝の健康被害についてみていきましょう。IARC(国際がん研究機関)所属のカーディす博士らが中心となってまとめた15カ国の原子力施設労働者の調査が、2005年にBMJ(British Medical Journal)誌で報告されました。

https://www.bmj.com/content/331/7508/77

この調査では、15カ国の原子力施設労働者のうち、1年以上原子力施設で働き、外部被曝線量記録が明確だった40万7391人を対象に、追跡調査を含めて約520万人年分の調査が行われました。これは、これまでの原子力施設労働者の調査では最大規模の調査です。ちなみに、原子力施設労働者は普段から線量計装着を義務付けられていますので、外部被曝蓄積線量が正確に測定されています。したがって、このような原子力施設労働者を対象にした調査で、ある程度外部被曝線量と疾病の関係が明らかになるというわけです。被曝線量は対象となった集団の90%は50mSv以下で、500mSv以上被曝をした人は0.1%以下で、個人の被曝累積線量の平均は19.4mSvでした。つまりは、この調査において対象になったほとんどの施設労働者が低線量被曝であったと言える結果だったのです。

それではこの調査で、気になる「ガン死」はどのような統計になっていたのでしょうか。調査期間中の全死亡数は2万4158人で、白血病を除く全ガン死は6519人でした。また、慢性リンパ性白血病を除く白血病による死亡は196人でした(慢性リンパ性白血病は通常放射線障害で発症しないとされている)。その結果、白血病を除く全ガン死は、1Sv被曝したとすると被曝していない人の約2倍になるという結果が得られました。ところで、平均19.4mSvの低線量被曝集団の中で全てのガン死を調べると、約1〜2%は放射線被曝が原因と考えられました。広島・長崎の原爆被曝調査では、既に100mSv以下の低線量被曝領域でも、ガン発症率と線量との間に直線比例関係が認められています。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10931690/

以上のことなどからも、100mSv以下の低線量放射線(外部)被曝でも、ガンの増加が認められることがわかりました。また別の調査で、チェルノブイリ原発事故後の後始末をしていた作業員の健康調査でも、白血病や悪性リンパ腫などの血液ガンのみならず、白内障や心血管疾患などの発症が低線量被曝で増加することが明らかになっています(これもカーディス博士らの研究)

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21396807/

さらに、これまたカーディス博士らが中心となって行われた最新のINWORKS研究(原発作業員の追跡調査)でも、同様に低線量(外部)被曝によって固形ガンリスクが増加することが示されています。

https://www.bmj.com/content/351/bmj.h5359

このように、最近の調査によって、平時の原発作業や原発事故による低線量(外部)被曝によって、ガン発生のリスクが増加するという事実が、確かなエビデンスとして蓄積されてきているのです。もはや「100mSv以下の低線量被曝は安全」というのは、なんのエビデンスもない世迷い言に過ぎません。現在では、「100mSv以下の低線量被曝でも発癌リスクはわずかながらも増加する」というのが世界的なコンセンサスなのです。ただし、“わずかながら”とは言え、被曝する母数が増えていけばそれだけ発癌する人数も増える(1万人だと数百人単位)ので、それを十分に多いと捉える人もいるでしょう。いずれにせよ、「ペトカウ効果」で示されている細胞膜に対する影響や疫学的な調査などからも、たとえわずかであったとしても、低線量放射線被曝によって健康に害が及ぼされるということはもはや明らかなのです。唯一の被爆国であり、史上最大級の原発事故に遭った我々は、肝に銘じておくべきなのです。

ただし、ここまで触れてきた調査などで分かったことは、あくまでも低線量の「外部被曝」の影響についてです。それでは「内部被曝」の人体に対する影響はいかほどのものがあるのでしょうか。そのことについては次回以降触れていきたいと思います。

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