【「“生命の本質”から根本治療を考える」シリーズ第一弾:生命とは何か?Part3 ~遺伝子にまつわる生命科学の歴史 ~遺伝子の存在証明~~】

こんにちは、院長の松本です。

「“生命の本質”から根本治療を考える」シリーズ第一弾:生命とは何か?

前回はプリゴジンの「散逸構造」について触れ、生命は外界から取り込んだ物質からエネルギーを取り出し、そのエネルギーの流れから自発的に秩序を生み出すことによって、その構造や機能を保っているという話をしました。

では、その生命の本質である構造や機能を保つ鍵はどこにあるのでしょうか?

前回述べたように、シュレーディンガーはこの生命の謎を解くカギは遺伝子にあると考えました。当時はまだ遺伝子の本体がDNAであるということはわかっておらず、彼は遺伝情報を担う分子の存在を「非周期性結晶(aperiodic crystal)」だとして、遺伝子の存在を予測しました。これが、後の生命科学分野に与えた影響は計り知れません。実際に、シュレーディンガーが予測した遺伝子の存在は、1953年にワトソンクリックのDNA二重らせん構造解明により大きく裏付けられ、分子生物学の勃興と、その後の発展に非常に大きな影響を与えることになります[1,11-13]。その後、遺伝子研究やゲノム解析の技術は飛躍的に発展し、実際に多くの病気の原因や病態が遺伝子レベルで解明できると考えられ、「生命の本質は遺伝子にある」・「身体の形質や病気は遺伝子によって決定される」という思想(=遺伝子決定論)が広まりました[14-17]。

では、遺伝子の存在は実際にはどのように証明されてきたのでしょうか?

遺伝子の存在は、ある一つの実験で突然証明されたものではなく、複数の独立した科学的アプローチの積み重ねによって確立されてきました。その流れは大きく以下のように分けられます▽

  • 遺伝現象の発見
  • 遺伝子の物質的実体の特定
  • 構造と複製機構の解明
  • 配列情報としての確証

それぞれについて以下で説明しておきましょう▽

① 遺伝現象の発見

今日我々が「遺伝する」という言葉で表す現象を初めて実験的に示したのは、グレゴール・メンデルです。彼は1860年代にエンドウ豆の交配実験を行い、エンドウ豆の形質は連続的に混ざって現れるのではなく、「粒子的な単位」として親から子へ伝わることを示しました[18]。当時はまだその実体は不明でしたが、メンデルは遺伝情報が離散的単位(=遺伝子)として存在し、世代間で伝達される(=遺伝する)ことを実験的に示したのです。

② 遺伝子の物質的実体の特定

1869年、フリードリヒ・ミーシャーは、白血球の細胞核からリンを多く含む物質を単離することに成功し、“Nuclein(ニュークレイン)”と名付けました[19]。このミーシャーの功績は、遺伝子の候補となる物質が実際に抽出可能な化学物質として存在することを証明したことであり、後のDNAの存在証明にも繋がる重要な発見だったと言えるでしょう。その後、1910〜30年代の化学的解析手法の発展により、ミーシャーが単離した物質が、糖・リン酸・塩基からなる高分子であることが判明し、核内のDNAやRNAなどの核酸の存在はよく知られるものとなりました。しかし、当時は遺伝子としての機能を持っているのは、「タンパク質」であると考えられており、DNAは単純な繰り返し構造を持つ物質に過ぎず、RNAもその付属物に過ぎないと考えられていました。

③ 構造と複製機構の解明

遺伝子の存在とその機能についての研究における決定的転機は、1944年に発表されたオズワルド・アベリーらによる研究です[20]。彼らは、肺炎球菌の形質転換実験において、タンパク分解酵素(プロテアーゼ)やRNA分解酵素を用いても形質転換が起こる一方で、DNA分解酵素を用いると形質転換が起こらなくなることを発見し、遺伝形質を規定する因子(transforming principle)はDNAであると結論しました。すなわち、このとき初めて、DNAが遺伝情報の主要な担体であるということが示されたのです。

さらに、1952年のアルフレッド・ハーシーとマーサ・チェイスが行った実験で、DNAが遺伝情報の担体であることが強固に裏付けられました[21]。当時、バクテリア(細菌)に感染して破壊するウイルス(バクテリオファージ)の存在がすでに知られていました。ハーシーとチェイスは、ファージのDNAをリンの放射性同位体、タンパク質を硫黄の放射性同位体でそれぞれ標識し、細菌に感染させました。すると、感染時に細菌内へ入るのは主にDNAであり、タンパク質外殻は外に残ることが示されました。この結果から、ウイルスの増殖を指令する本体もDNAであることが強く支持されました[21]。

その頃には、エルヴィン・シャルガフらが行ったDNA中の塩基組成の解析により、アデニン(A)とチミン(T)、グアニン(G)とシトシン(C)がほぼ等量であることが示されていました。この特徴的なDNAの塩基組成は「シャルガフの法則」として知られるようになりました。これは、DNAが規則性をもつ高分子であることを示しており、後の二重らせんモデルに不可欠な根拠となりました。

そしてついに1953年、生命科学分野において最も影響を与えたと言っても過言ではない、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックの論文が、「ネイチャー(Nature)」誌に発表されます。彼らはロザリンド・フランクリン女史のX線回折データを基に、DNAの二重らせん構造を提案しました[11]。この構造は、相補的塩基対によってDNAの自己複製が可能であることを示唆しており、遺伝情報の保存と伝達を分子レベルで説明できるモデルでした。彼らのDNA二重らせんモデルは、1958年にマシュー・メセルソンとフランクリン・スタールによって実験的に検証されました[22]。彼らは、窒素同位体を用いて大腸菌DNAの複製を追跡し、DNAが半保存的に複製されることを示しました。これは、ワトソン&クリックが示したDNA二重らせんモデルが正しいことを示しており、DNAが実際に遺伝情報を次世代へ伝える分子であることを示しています。

④ 配列情報としての確証

さらに1977年、フレデリック・サンガーによるDNA配列決定法の開発により、DNAは単なる構造体ではなく、Aアデニン(A)・チミン(T)・グアニン(G)・シトシン(C)の配列として具体的に読み取れる情報媒体であることが明らかとなりました。これは、遺伝子が「情報」であることを直接的に示す技術的ブレイクスルーとして捉えられています[23]。その後2001年には、ヒトゲノムのドラフト配列が報告され、ヒトの全遺伝情報が実際に配列として記述可能であることが示されました[24]。これにより、遺伝子(DNA)は抽象的概念ではなく、塩基配列として物理的に存在しており、解読・解析・操作可能な実体として確立されることになったのです。

 

以上をまとめると、遺伝子の存在は、以下のような先人たちの成果の積み重ねからも、極めて強固に支持された科学的事実と言えます▽

  • メンデル:「遺伝単位の存在」
  • ミーシャー:「物質としてのDNAの単離」
  • アベリー&ハーシーら:「DNA=遺伝情報の主要な担体」
  • ワトソン&クリック:「DNA構造モデル」
  • メセルソン=スタール:「DNA複製機構の証明」
  • サンガー:「塩基配列としての可読性」
  • ヒトゲノム解析による「ゲノム全体像の実証」

このように「遺伝子」の存在は、多層的かつ独立した証拠の一致があるものであり、抽出・観察・操作・読解が可能な分子実体(DNA)として、極めて高い再現性をもって支持されてきたものなのです。もちろん、それでもDNAは肉眼で直接確認できるものではなく、その存在が100%反証不可能だというわけではありません。どんな科学理論も反証し得るものであるという考え方は、現代科学における重要な基本原則の一つとされています(カール・ポパーの“反証可能性”)。しかし、すでにおびただしい数の再現性ある研究論文で示された遺伝子の存在と、それを前提とした枠組みを否定するためには、既存の多層的証拠を一つ一つ検証し、整合的に説明しうる代替理論が必要となります。しかしながら、現在までにこの枠組みを覆す決定的な反証を提示した人は、まだ誰もいません。

 

このように、その存在自体は様々な証拠からも強く支持されてきた遺伝子(DNA)ですが、遺伝子研究者たちはその機能や役割をあまりに過大評価してきた側面があることは否めません。現在の生命科学の世界でも、遺伝子は生命において中心的な役割を果たしていると考えられており、もはや「神格化」されてきたと言っても過言ではありません。次回はそのことについて、詳しく説明していきたいと思います。

 

参考文献▽

[1] R. Phillips, Schrödinger’s What Is Life? at 75, Cell Syst 12 (2021) 465–476. 10.1016/j.cels.2021.05.013.

[11] J.D. Watson, F.H.C. Crick, Molecular Structure of Nucleic Acids: A Structure for Deoxyribose Nucleic Acid, Nature 171 (1953) 737–738. 10.1038/171737a0.

[12] N. Symonds, What is life?: Schrödinger’s influence on biology, Q Rev Biol 61 (1986) 221–226. 10.1086/414900.

[13] K.R. Dronamraju, Erwin Schrödinger and the Origins of Molecular Biology, Genetics 153 (1999) 1071–1076. 10.1093/genetics/153.3.1071.

[14] D.B. Resnik, D.B. Vorhaus, Genetic modification and genetic determinism, Philos Ethics Humanit Med 1 (2006) E9. 10.1186/1747-5341-1-9.

[15] F.S. Collins, E.D. Green, A.E. Guttmacher, M.S. Guyer, U.S.N.H.G.R.I. on behalf of the, A vision for the future of genomics research, Nature 422 (2003) 835–847. 10.1038/nature01626.

[16] J.C. Venter, M.D. Adams, E.W. Myers, P.W. Li, R.J. Mural, G.G. Sutton, H.O. Smith, M. Yandell, C.A. Evans, R.A. Holt, J.D. Gocayne, P. Amanatides, R.M. Ballew, D.H. Huson, J.R. Wortman, Q. Zhang, C.D. Kodira, X.H. Zheng, L. Chen, M. Skupski, G. Subramanian, P.D. Thomas, J. Zhang, G.L. Gabor Miklos, C. Nelson, S. Broder, A.G. Clark, J. Nadeau, V.A. McKusick, N. Zinder, A.J. Levine, R.J. Roberts, M. Simon, C. Slayman, M. Hunkapiller, R. Bolanos, A. Delcher, I. Dew, D. Fasulo, M. Flanigan, L. Florea, A. Halpern, S. Hannenhalli, S. Kravitz, S. Levy, C. Mobarry, K. Reinert, K. Remington, J. Abu-Threideh, E. Beasley, K. Biddick, V. Bonazzi, R. Brandon, M. Cargill, I. Chandramouliswaran, R. Charlab, K. Chaturvedi, Z. Deng, V. Di Francesco, P. Dunn, K. Eilbeck, C. Evangelista, A.E. Gabrielian, W. Gan, W. Ge, F. Gong, Z. Gu, P. Guan, T.J. Heiman, M.E. Higgins, R.R. Ji, Z. Ke, K.A. Ketchum, Z. Lai, Y. Lei, Z. Li, J. Li, Y. Liang, X. Lin, F. Lu, G.V. Merkulov, N. Milshina, H.M. Moore, A.K. Naik, V.A. Narayan, B. Neelam, D. Nusskern, D.B. Rusch, S. Salzberg, W. Shao, B. Shue, J. Sun, Z. Wang, A. Wang, X. Wang, J. Wang, M. Wei, R. Wides, C. Xiao, C. Yan, A. Yao, J. Ye, M. Zhan, W. Zhang, H. Zhang, Q. Zhao, L. Zheng, F. Zhong, W. Zhong, S. Zhu, S. Zhao, D. Gilbert, S. Baumhueter, G. Spier, C. Carter, A. Cravchik, T. Woodage, F. Ali, H. An, A. Awe, D. Baldwin, H. Baden, M. Barnstead, I. Barrow, K. Beeson, D. Busam, A. Carver, A. Center, M.L. Cheng, L. Curry, S. Danaher, L. Davenport, R. Desilets, S. Dietz, K. Dodson, L. Doup, S. Ferriera, N. Garg, A. Gluecksmann, B. Hart, J. Haynes, C. Haynes, C. Heiner, S. Hladun, D. Hostin, J. Houck, T. Howland, C. Ibegwam, J. Johnson, F. Kalush, L. Kline, S. Koduru, A. Love, F. Mann, D. May, S. McCawley, T. McIntosh, I. McMullen, M. Moy, L. Moy, B. Murphy, K. Nelson, C. Pfannkoch, E. Pratts, V. Puri, H. Qureshi, M. Reardon, R. Rodriguez, Y.H. Rogers, D. Romblad, B. Ruhfel, R. Scott, C. Sitter, M. Smallwood, E. Stewart, R. Strong, E. Suh, R. Thomas, N.N. Tint, S. Tse, C. Vech, G. Wang, J. Wetter, S. Williams, M. Williams, S. Windsor, E. Winn-Deen, K. Wolfe, J. Zaveri, K. Zaveri, J.F. Abril, R. Guigó, M.J. Campbell, K.V. Sjolander, B. Karlak, A. Kejariwal, H. Mi, B. Lazareva, T. Hatton, A. Narechania, K. Diemer, A. Muruganujan, N. Guo, S. Sato, V. Bafna, S. Istrail, R. Lippert, R. Schwartz, B. Walenz, S. Yooseph, D. Allen, A. Basu, J. Baxendale, L. Blick, M. Caminha, J. Carnes-Stine, P. Caulk, Y.H. Chiang, M. Coyne, C. Dahlke, A. Deslattes Mays, M. Dombroski, M. Donnelly, D. Ely, S. Esparham, C. Fosler, H. Gire, S. Glanowski, K. Glasser, A. Glodek, M. Gorokhov, K. Graham, B. Gropman, M. Harris, J. Heil, S. Henderson, J. Hoover, D. Jennings, C. Jordan, J. Jordan, J. Kasha, L. Kagan, C. Kraft, A. Levitsky, M. Lewis, X. Liu, J. Lopez, D. Ma, W. Majoros, J. McDaniel, S. Murphy, M. Newman, T. Nguyen, N. Nguyen, M. Nodell, S. Pan, J. Peck, M. Peterson, W. Rowe, R. Sanders, J. Scott, M. Simpson, T. Smith, A. Sprague, T. Stockwell, R. Turner, E. Venter, M. Wang, M. Wen, D. Wu, M. Wu, A. Xia, A. Zandieh, X. Zhu, The sequence of the human genome, Science 291 (2001) 1304–1351. 10.1126/science.1058040.

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