新型コロナウイルス自体の死亡よりも問題なこと 〜自殺者数増加から考える〜(2021年2月27日のtwitterより転載)

昨日のことになりますが、生憎の雨だったため、車ではなく電車通勤しようと思ったのですが、不幸にもJR神戸線元町駅で飛び込みによる人身事故が発生し、JR各線が運転を見合わせたため、大幅に診察が遅れてしまいました。

https://www.kobe-np.co.jp/news/jiken/202102/0014108453.shtml(現在閲覧できません)

この人身事故の当事者である亡くなった男性会社員が、どのような事情があって飛び込んだのかはわかりませんが、自殺目的であったことは間違いないと思います。もちろん、このコロナ禍で起こったこの悲惨な出来事を、コロナ禍によるストレスによるものと結論づけることは困難でしょう。しかしながら、いずれにせよこのコロナ禍において、このような悲惨な出来事は、これからも繰り返される可能性が高い。それはデータからも読み取れます。例えば、警察庁の統計によれば、2020年の自殺者数は前年比3.7%増の2万919人だったとことが明らかになりました。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2021012200413&g=soc

自殺者数は、統計によればこれまで10年連続で減少していましたが、09年(リーマンショック)以来11年ぶりに増加に転じました。女性や若年層の増加が目立ち、新型コロナ感染拡大に伴う外出自粛や、生活環境の変化が影響した可能性が高いと考えられます。2020年の自殺者統計の中でも特記すべきは、増減率では20代(2287人)が17%増(同329人増)と最も高かったということです。さらに、未成年でも自殺者数増加が目立ち、小中高生の自殺者は68人増の440人で、1980年以降で最多でした。ちなみにその内訳は小学生13人、中学生120人、高校生307人でした。さらに、7月下旬の有名俳優の自殺報道の後、主に10~20代の自殺が増加したといい、このような報道が潜在的な自殺衝動を助長したと考えられる(=ウェルテル効果)ため、報道のあり方にも問題があると思います。

https://htonline.sohjusha.co.jp/201210-01/

また、女性の自殺者が増えていることも見逃せないポイントです。実際に自殺者全体のうち、男性は11年連続減となったのに対し、女性は6976人(同885人増)と2年ぶりに増加しています。特に7月以降、無職の女性の自殺が増え、人口10万人あたりの自殺死亡率を引き上げたと考えられます。実際にこのコロナ禍において、多くの非正規雇用の女性が仕事を失っています。

https://news.yahoo.co.jp/byline/konnoharuki/20201205-00211086/

DVの相談件数や産後うつが増えているとの報告もあります。また、先述した通り中高生の自殺が増えている中で、特に女子高校生の自殺が増えています。つまりこれは、女性の経済・生活問題や、家庭環境問題(DV被害など)、育児の悩みや介護疲れなどの問題の深刻化が影響した可能性が高いということが考えられます。しかしながら、それ以上にもっと深刻で重要な問題が、この若者や女性の自殺には隠されていると私は感じています。それは、「抑圧された社会では、人々は日々の欲求不満から解放されるために、特定の人や集団(主に社会的弱者)を選んで攻撃するようになる(=スケープゴーティング)」ということです。

https://synodos.jp/opinion/society/18244/

身近なところで言えば、家族内においてもスケープゴーティングは一般的に見受けられます。例えば、ひと昔前なら「男尊女卑」の考えがまだ残っており、多忙な夫がストレスを抱えて家に帰ってくると、自分より社会的には立場が下(と思い込んでいる)の妻に対して当たり散らし、ひどい時には暴行を加えるといった類のことはよくあったようです。最近では共働き世帯が増え、優しい夫と気の強い妻の間で妻の方にストレスがかかっていた場合に、妻の方が夫に当たり散らし家庭内でモラハラを繰り返す、いわゆる「モンスターワイフ」が急増しているようです。これらも立派な「スケープゴーティング」と言えるでしょう。また、今回のコロナ禍のような感染症パンデミックは、検疫や都市封鎖など見えない危機事象に継続的に対応しなければならず、人々は終わりがない被災感を抱き続けることになります。このような不安を減らすために、大衆が特定の人や集団に対して攻撃を行う(=スケープゴーティングに走る)のは世の常・人の常です。例えばこのコロナ禍にあって、経済的にも家庭環境的にも厳しい状況があったりすれば、先述したように、各家庭の中で弱い立場になりやすい女性や子供たちが真っ先に攻撃の対象になることは想像に難くないでしょう。彼ら(彼女ら)は、まさに「スケープゴート(生贄のヤギ)」にされてしまうということです。

そしてさらに問題なこととして、現在はスケープゴートにされた人々には逃げ場が少ない状況にあると言えるのではないでしょうか。なぜなら、感染拡大防止のため(?)のソーシャルディスタンス、隔離、検疫、外出・経営自粛、学校休校、果ては各国政府により強行されているロックダウンなどの感染対策は、社会危機に立ち向かうために本来は必要な人々の絆や社会的サポートを根っこから分断してしまうからです。ですから、このような閉塞した社会状況の中でそのようなスケープゴートに選ばれた弱者たち(女性や子供達)が逃げ場がないという絶望感に打ちひしがれて自殺に向かうというのは、至極当然の成り行きであると言えるでしょう。

しかし、残念ながらそのような弱者の動向は強者が支配する社会の中においては無視されがちです。まるで「臭いものには蓋」をするように、そのような弱者の存在を身近に感じにくい世の中になっていると私は感じます。だからこそ、我々は(弱者であろうが強者であろうが関係なく)今そのような弱者が虐げられる世の中になっていることを常々意識しておくべきなのだろうと思います。ただし、認識したからといって実際に我々にできることは少ないかもしれません。しかし、だからと言ってその救済を国や政府に任せることもまたすべきではないのです。本当は社会全体の問題なのだから、我々一人一人が当事者意識をもってどうすべきかを考えるべきなのです。

まだ、日本でも共同体が機能していた頃(80年代〜90年代)は、ある程度地域社会の中で関わり合いを持ちながらお互い助け合うことができていたように思います。しかし、今は共同体がほとんど機能しておらず、弱者切り捨ての世の中になってしまっていると強く感じます。最悪の場合、日々の生活が成り立たなくなった場合には生活保護などの国の保障制度があるではないかと言う方もおられるかもわかりませんが、そのような政府による弱者救済措置では社会との繋がりは産まれ得ません(むしろ人々からスケープゴートにされ、より一層社会的に分断・隔離される)。「共同体の中でいかに各個人が繋がりを持って生きられるか」ということこそが、社会における本当の課題なのです。

この閉塞した社会状況が続くと、さらに弱者にしわ寄せがいき、ただでさえゆとりのない生活をしていた人がより一層逼迫した生活を強いられるようになることは想像に難くありません。私はこのような社会状況に並々ならぬ憂いを抱いています。これからさらに若い女性や子供たちの自殺が増加する恐れがあるからです。そのような社会状況になっているとはいえ、私のように日々やれることをできるだけの余力がまだ残されている人はまだ良いのかもしれません。しかし、特にスケープゴートにされていく弱者の方達にはもはや何事にも立ち向かう気力さえなくなっているかもしれません(だからこそ生きる気力がなくなり、逃げ場がないと感じた場合に最終的に自殺に向かう)。

この(人為的な)コロナ禍に、私たちは本当にどのように立ち向かえば良いのでしょうか。私もまだその明確な答えを持ち合わせずにいます。移り変わりゆく世界を横目で見ながら、やれることを淡々とやっていくしかないですし、何もできないことを悟っている自分自身が時々歯がゆくもなるのですが・・・そこはどうすることもできません。しかし、せめて周囲にいる人たちからのSOSの声には敏感であろうと常に心がけてはいます。当院にこられる患者の中にもコロナ禍で精神的・肉体的に参っている人は少なからずおられますので、その方達にとって少しでも当院が癒しの場になればと思っています(微力過ぎて何の助けにもなっていませんが)。

皆様におかれましても、もし周囲の人からのヘルプの声が何か上がってきた時には、無理のない範囲内で構いませんので、せめて意識をそこに向け、耳を傾けることだけでもしてもらえたらと思います。それだけで救われる方もいるかもしれませんので。

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