近年の研究で、ミトコンドリアの役割は「エネルギー産生」だけではないことがわかってきました。細胞内のエネルギー状態を感知し、その情報を細胞全体へ伝え制御する司令塔や制御装置としての役割が、近年注目されています。
ミトコンドリアは、以下のような細胞内での化学的情報を常に感知しています。
・栄養状態
・ATPの産生量
・酸化還元状態
・活性酸素(ROS)の量
そして、これらの情報は核へと伝えられ、核の遺伝子発現の調節に影響を与えることが知られています。この仕組みは 「ミトコンドリア逆行性シグナル(retrograde signaling)」 と呼ばれ、ミトコンドリアの状態が核の遺伝子発現を変化させる重要な調節機構として研究が進められてきました[159-162]。
近年急速に発展している「エピジェネティクス」の研究も、このミトコンドリアの遺伝子調節機構が重要であることを示しています。エピジェネティック制御に関わる分子の多くは、例えば以下のような代謝反応によって生み出されています▽
・ヒストンアセチル化に必要な アセチルCoA [100,163,164]
・DNAメチル化に関わる S-アデノシルメチオニン(SAM)[97,165]
・ヒストン脱アセチル化酵素の活性に関わる NAD⁺[98,166]
つまり、細胞の代謝状態が変化すると、これらの分子の量も変化し、それに伴ってエピジェネティックな調節や遺伝子発現も変化します[100,167-169]。このような研究から見えてきたのは、ミトコンドリアが単なるエネルギー産生装置ではなく、細胞の状態を感知し、遺伝子の働きを調整する統合的な制御システムとして機能しているという事実です[162,170-173]。これまで生命の制御は 「遺伝子 → 代謝」という方向で理解されてきましたが、これらの事実からはむしろ、
「代謝(ミトコンドリア) → 遺伝子」
という方向の制御こそが重要であるということがわかります。ミトコンドリアはエネルギーを生み出すだけでなく、そのエネルギー状態を通じて細胞の遺伝子発現や機能を調整しているのです。この意味で、ミトコンドリアはまさに細胞全体の働きを統合的に制御する“司令塔”のような存在と言えるでしょう。

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