ウイルスや細菌などの微生物に暴露された(と考えられる状況にいた)としても、感染症を発症する人としない人がいるのはなぜでしょうか?この違いを考える上で、当院が重視しているのが、病気の発症や経過を考える際に、宿主の体内環境に注目する視点であり、これは、ウイルスや細菌などの病原体なるものが病気を引き起こすとする「病原体仮説(germ theory)」に対して、「宿主仮説(terrain theory)」という考え方です。ウイルスや細菌などの微生物の存在だけでは、感染後に発症するか、どの程度重症化するかなどを十分に説明できません。
そこには、ウイルス・細菌などの微生物の性質や侵入量に加え、宿主の免疫応答や組織の状態などが関わっているからです。
当院では、とりわけ「宿主仮説」で強調されている宿主側の体内環境を重視しています。こうした宿主の重要性は、現代の感染症学における、微生物と宿主の相互作用を通じて病態を捉える考え方とも通じるものです[290]。
この「宿主仮説」という視点に関しては、その提唱者として19世紀の化学者・生物学者アントワーヌ・ベシャンの名前がよく取り上げられることがあります。彼は、生体内の微小な顆粒を「ミクロジーマ」と呼び、生命の基本単位と考えました(ベシャンの「ミクロジーマ仮説」)。そして、彼は周囲の環境や生体の状態が変化すると、このミクロジーマが細菌へ変化すると主張しました。これは、無生物から微生物が生じるという意味での「自然発生説」とは区別する必要があります[291]。ベシャン自身も、病気の原因を身体内部の状態に求めていたため、彼の提唱した概念と宿主を重視する思想との歴史的な関連を否定することはできません。ただし、「ミクロジーマ」を生命の基本単位とし、それが細菌へ変化するとする説明は、現代の微生物学では支持されていません。
いずれにせよ、ウイルスや細菌などの微生物の存在だけで病気の原因を説明できるわけではありません。
むしろ当院では、どんな疾患に関しても「なぜその人の身体では病気が発症し、炎症が長引き、回復が妨げられているのか」という問いを、診療の重要な出発点としています。
同じ種類の微生物に曝露されても、感染が成立しない場合もあれば、無症状で経過する場合、重症化する場合もあります。その違いには、微生物の性質や侵入量に加え、皮膚・粘膜のバリア機能、免疫の働き、年齢、遺伝的背景、基礎疾患、栄養状態などが関わります。運動、睡眠、ストレスなどのライフスタイル全般や、自律神経やホルモン、エネルギー代謝、免疫の状態や腸内・皮膚の微生物叢なども、宿主の状態を考える上で重要になってきます。また、我々の身体には、免疫の働きで微生物の増殖を抑える「抵抗性」があることはもちろんですが、感染に伴う組織傷害を抑え、身体機能を保つ「耐病性」も備わっています[292-295]。免疫の働きについては、詳細は後述しますが、必要な反応を起こし、適切に収束させ、修復につなげる調節が常にできていることが重要です。そして、そのためには体内環境を適切な状態に整えておくことが何より大切なのです。
こうした視点から、当院は外部から侵入してくるウイルス・細菌などの微生物の存在そのものよりも、宿主の体内環境の方を重視しています。日常的なストレスや栄養不足・運動不足・睡眠不足の問題、基礎疾患、皮膚や腸のバリア機能障害など、改善できる要因を見極め、身体機能の維持と回復を支えることが治療の重要な柱になります。ただし、これは微生物が感染症発症の要因となっていることを全否定するものではなく、重症化したときなどに必要な抗菌薬・抗ウイルス薬による治療を全否定するつもりは毛頭ありません。
アトピー性皮膚炎などの非伝染性の慢性疾患についても、当院では皮膚症状の背景にある免疫調節や皮膚・腸のバリア機能、生活環境などに目を向けます。症状の緩和に加え、再燃に関わる要因に取り組み、安定した状態を維持できる身体を目指すことを、根本治療の中心に据えています。



参考文献▽
[290] A. Casadevall, L.A. Pirofski, The damage-response framework of microbial pathogenesis, Nat Rev Microbiol 1 (2003) 17–24. 10.1038/nrmicro732.
[291] Y. Koné, Maladie et notion de changement de fonction des microzymas chez Antoine Béchamp (1816-1908), Bulletin d’histoire et d’épistémologie des sciences de la vie Volume 29 (2022) 61–80. 10.3917/bhesv.291.0061.
[292] R. Medzhitov, D.S. Schneider, M.P. Soares, Disease tolerance as a defense strategy, Science 335 (2012) 936–941. 10.1126/science.1214935.
[293] J. Sun, R. Madan, C.L. Karp, T.J. Braciale, Effector T cells control lung inflammation during acute influenza virus infection by producing IL-10, Nat Med 15 (2009) 277–284. 10.1038/nm.1929.
[294] N. Arpaia, J.A. Green, B. Moltedo, A. Arvey, S. Hemmers, S. Yuan, P.M. Treuting, A.Y. Rudensky, A Distinct Function of Regulatory T Cells in Tissue Protection, Cell 162 (2015) 1078–1089. 10.1016/j.cell.2015.08.021.
[295] S. Weis, A.R. Carlos, M.R. Moita, S. Singh, B. Blankenhaus, S. Cardoso, R. Larsen, S. Rebelo, S. Schäuble, L. Del Barrio, G. Mithieux, F. Rajas, S. Lindig, M. Bauer, M.P. Soares, Metabolic Adaptation Establishes Disease Tolerance to Sepsis, Cell 169 (2017) 1263–1275.e1214. 10.1016/j.cell.2017.05.031.
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