国際免疫学会会長を務め、世界的な免疫学者として知られていた多田富雄東京大学名誉教授は、『免疫の意味論』(青土社;1993年)において、免疫を通して「自己」がどのように成立し、維持されるのかを問い直しました。そこには、免疫を外敵との戦いだけで説明せず、多様な細胞や分子の相互作用によって成り立つ「スーパーシステム」として捉える視点があります。なお、この多田富雄氏が唱えていた「免疫=スーパーシステム」論は、ノーベル医学賞受賞者イェルネが提唱した「免疫ネットワーク理論」から着想を得ており、著書『免疫の意味論』の中では、その議論も踏まえて免疫の意味を考察しておられます[296]。
この視点を現代の研究と重ねると、免疫は細菌・ウイルスなどの微生物の侵入からの防御に加え、身体の恒常性(ホメオスタシス)を支える調整機構として理解することができます。恒常性とは、身体を変化のない状態に固定することではなく、内外の変化に応じて調整し、生命活動に適した状態を保つことです。例えば、貪食作用のあるマクロファージは外部からの侵入者(ウイルスや細菌など)を取り込むだけでなく、自分の死んだ細胞や組織の残骸を処理し、周囲の細胞と協調して炎症の収束や組織修復を支えます[297]。
「自己」を保つ仕組みは、細胞レベルでも裏づけられています。坂口志文氏(大阪大学特任教授)らが同定した制御性T細胞(Treg)は、自己の組織や共生する腸内細菌に対して免疫が過剰に反応しないよう常時ブレーキをかけています[298]。ちなみに、この末梢性免疫寛容の機構の解明により、坂口氏は2025年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。多田氏が論じた「免疫による自己の成立」は、こうしたTregによる自己寛容という分子機構によっても裏づけられており、逆にこの制御が破綻すると、自己免疫疾患やアレルギーといった「自己」の識別の乱れが生じることになるとされています。
炎症も、本来は感染や損傷によって乱れた状態を立て直すための応答です。しかし、刺激が持続したり、反応を終わらせる仕組みが十分に働かなかったりすると、炎症そのものが組織を傷つけ、慢性疾患の一因となります。したがって、免疫ではその反応の強さだけでなく、必要な場所と時期に必要な分だけ働き、役割を終えたら収まるという調節が重要です[298]。この「収まる」働きは、単に刺激が弱まることで受動的に終息するのではなく、レゾルビンやプロテクチンといった脂質メディエーター(SPM:specialized pro-resolving mediators)によって能動的に駆動されるプロセスであることが、Charles Serhan氏らの研究によって明らかにされています[299,300]。炎症の開始と同様に、その収束もまた積極的に制御された生命活動の一部であるといえます。
また、宿主側には免疫の働きによって外敵(細菌やウイルス)を排除する働きに加え、感染に伴う損傷を抑えて臓器の機能を保つ「疾患耐性」があります[292]。これは宿主側の状態を重視する「宿主化説」を支持するものです。こうして見ると、免疫が担う「耐性」には、病原体に対する耐性(疾患耐性)と、自己の組織や共生微生物に対する耐性(免疫寛容)という、少なくとも二つの側面があることがわかります。いずれも、異物を排除する力そのものよりも、身体がどのような状態を保てるかという「共存」の視点に立った耐性といえます。
さらに、腸管には全身の免疫細胞の多くが集まっており、腸内細菌叢との相互作用が免疫の調整に大きく関わっています。腸内細菌との共生関係が保たれることで過剰な炎症反応が抑えられる一方、その均衡が崩れる(ディスバイオーシス)と、腸管だけでなく皮膚を含む全身の炎症状態に影響を及ぼすことが報告されています[301,302]。食事や生活習慣が全身の免疫バランスに関わってくるという話は、こうした腸と免疫、そして皮膚との関連(腸-皮膚軸)があることからも明らかです。
あらゆる慢性疾患は、全身のエネルギー代謝の状態、身体全体の免疫応答、遺伝的素因、環境などがその病態形成に相互に関わっています。当院では、こうした知見を踏まえ、皮膚の症状とともに、食事・睡眠・ストレスなどの生活背景や、エネルギー代謝・神経・内分泌を含む全身の状態にも目を向けます。必要な炎症の治療と、症状の持続や再燃に関わる要因への対応を組み合わせ、身体が安定した状態を保てるよう支えることを重視しています。

参考文献▽
[296] N.K. Jerne, Towards a network theory of the immune system, Ann Immunol (Paris) 125c (1974) 373–389.
[297] T.A. Wynn, K.M. Vannella, Macrophages in Tissue Repair, Regeneration, and Fibrosis, Immunity 44 (2016) 450–462. 10.1016/j.immuni.2016.02.015.
[298] S. Sakaguchi, N. Sakaguchi, M. Asano, M. Itoh, M. Toda, Immunologic self-tolerance maintained by activated T cells expressing IL-2 receptor α-chains (CD25). Breakdown of a single mechanism of self-tolerance causes various autoimmune diseases, The Journal of Immunology 155 (1995) 1151–1164. 10.4049/jimmunol.155.3.1151.
[299] C.N. Serhan, Pro-resolving lipid mediators are leads for resolution physiology, Nature 510 (2014) 92–101. 10.1038/nature13479.
[300] C.N. Serhan, Discovery of specialized pro-resolving mediators marks the dawn of resolution physiology and pharmacology, Mol Aspects Med 58 (2017) 1–11. 10.1016/j.mam.2017.03.001.
[301] M. Jimenez-Sanchez, L.S. Celiberto, H. Yang, H.P. Sham, B.A. Vallance, The gut-skin axis: a bi-directional, microbiota-driven relationship with therapeutic potential, Gut Microbes 17 (2025) 2473524. 10.1080/19490976.2025.2473524.
[302] A. Malgesini, M.D. Marsiglia, E. Borghi, A.V. Marzano, G. Nazzaro, The Emerging Role of Gut Microbiota in Inflammatory Skin Diseases: A Systematic Review, Exp Dermatol 35 (2026) e70234. 10.1111/exd.70234.
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